第五十二話 追撃の刺客
中央都市へと至る街道の廃墟。月光すら届かない暗がりの中、冷ややかな殺気が二人の歩みを遮った。
「……見つけたぞ。グラン・ゼルの検体『ルーシー』……それに【傲慢】の適合者か」
闇の奥から姿を現したのは、教団の術式衣に身を包んだ二人の追撃者だった。
彼らが手にしているのは、純化派の単なる武器ではない。拡張派が残した異形な魔導器具——実験体を拘束し、回収するための鎖と針の群れだ。
ルシアンは冷酷な眼光で男たちを睨みつけ、首の骨を鳴らした。
「教団の残党か。死に損ないが、何をしに来た」
「ふん……ヴァルター様に壊滅させられたとはいえ、我が拡張派の研究を終焉させるわけにはいかん。特にその少女……ルーシーはな」
刺客の一人が、不気味な笑みを浮かべながらルーシーへ指を突きつけた。
「お前は知らんのだろうな、ルシアン。なぜその欠陥品が、お前と同じ『傲慢』の実験棟に配置されていたのかを」
「……話す価値もない」
「彼女はただの失敗作ではない! 【傲慢】の持つ過剰修復のエネルギーは、本来なら人間の肉体を容易く自滅させる。だが……その少女に植え付けられた『怠惰』の因子は、痛覚と肉体の崩壊速度を極限まで『停滞』させる性質を持つ!」
刺客の言葉に、ルシアンの瞳がわずかに細められる。
「そう……彼女は【傲慢】の暴走を抑え込み、その過剰修復を無限に循環・安定させるために造られた『触媒(適合器)』なのだ! ヴァルター様が異端として我らを根絶しようとも、この触媒さえ回収すれば、新たな『完璧な宿主』を造り出せる……!」
鎖が不快な音を立てて蠢く。
刺客たちはルシアンを無視し、ルーシーへと一斉に跳びかかった。
『……お兄ちゃん……』
ルーシーは逃げようともせず、ただ感情の消えた瞳でその光景を見つめている。
「……触媒だと?」
ルシアンの低い声が、静寂を切り裂いた。
——ガチッ……!
ルシアンは迷うことなく、自らの左腕の関節を逆方向へと強引にへし折った。
劇的な激痛が脳を突き抜け、骨と肉の砕ける不快な音が響く。
だが、その苦痛こそが【傲慢】のトリガーだ。血の混じった黒い圧力がルシアンの全身から吹き出し、折れた腕から生え出た肉の芽が、狂暴な速度で周囲の空気を歪めていく。
「僕の体を繋ぎ止めるための道具だと……? ふざけるな。僕の肉体を支配するのは、僕の意志だけだ」
「な……ッ!? 躊躇もなく腕を骨折させるだと……っ!?」
刺客たちが恐怖に顔を強張らせた瞬間には、すでに遅かった。
過剰修復の概念を纏ったルシアンの影が爆ぜる。
へし折れた腕を強引に修復しながら突き出された右拳が、先頭の刺客の胸腔を力任せにぶち抜いた。
——グシャッ……!!
「がっ……ぁ……っ!?」
「教団の実験も、お前たちの都合も……全て僕が踏み潰す」
噴き出す血飛沫の中、ルシアンは肉塊となった刺客を投げ捨て、残る一人へと冷酷な視線を向けた。




