第五十一話 残骸の囁き
中央都市へと続く荒野の路。夜の冷気が、ルシアンの傷口を絶え間なく刺す。
自傷痕を過剰修復の芽で塞いだ部位が、引き攣るような拒絶反応を起こして熱を帯びていた。痛みを噛み殺しながら歩くルシアンの三歩後ろを、足音もなく「試作型」の少女がついてくる。
ルシアンは足を止め、振り返ることなく掠れた声を投げかけた。
「……お前、名前は何だ」
教団の施設で「大罪の因子」を植え付けられた実験体。自分より前に造られ、そして捨てられた欠陥品。
少女は足を止め、光のない瞳でルシアンを見上げた。少しの沈黙の後、感情の死んだ声が小さく漏れる。
『……ない……。ナンバー……ゼロ・フォー……』
「……名もない人形か」
『……ちがう……。お名前……もらった……』
少女は自分の胸元——教団の刻印が酷く歪んで残る鎖骨のあたりに、小さく固く結ばれた小さな布切れをそっと触った。
『……ルーシー……。昔……一緒に閉じ込められてた男の子が……くれたの……』
ルーシー。その響きに、ルシアンの眉根がピクリと動いた。
『……その子は……「傲慢」の因子に耐えられなくて……破裂して死んだ……。わたしは……「怠惰」の因子を混ぜられて……出来損ないになった……』
少女——ルーシーの語る内容は、教団がルシアンという「完成形」に至るまでに重ねた凄惨な実験の歴史そのものだった。
ルシアンに『傲慢』の因子が定着する前、何十人もの子供たちがその力に耐えかねて内側から肉体を損壊させ、命を落とした。ルーシーはその死の連鎖の過程で、別の因子の拒絶反応によって精神も能力も中途半端に壊され、グラン・ゼルの地下に廃棄された「使い捨ての器」だったのだ。
「……余計なことを思い出すな。死んだ奴の名など、何の意味もない」
ルシアンは冷酷に言い捨て、再び歩き出す。
だが、ルーシーは悲しむ様子も見せず、ただ機械的にルシアンの背中を追いかけた。
『……うん。意味はない……。でも……お兄ちゃんは……あの子と同じ匂いがする……』
自分と同じように「傲慢」の過酷な因子を宿し、肉体を壊しながら生きる存在。
ルーシーがルシアンに執着し、後を追う理由は「助けてほしいから」ではない。ただ、自分の目の前で破裂して死んでいった「かつての仲間」の残像を、ルシアンの背中に重ねているからに過ぎなかった。
(……救いようのない壊れ方だ)
ルシアンは己の胸の奥に渦巻く冷たい怒りを再確認する。
教団は自分からすべてを奪っただけではない。こうして人間を「失敗作」と「完成形」というゴミ屑のように分類し、理不尽な地獄へ放り込んできたのだ。
「……ついてくるなら勝手にしろ。ただし、足手まといになればその場で踏み潰す」
『……うん。いいよ……』
闇の中、荒野を歩む二つの影。
狂気と激痛に塗れたルシアンと、過去の惨劇の記憶だけを抱えたルーシーの歩みは、瓦解した中央都市の闇へと一層深く入り込んでいく——。




