第五十話 瓦解の残響
グラン・ゼルの外壁に、血の交じった乾いた風が吹き抜ける。
『黒の天秤』の残党は、ルシアンの足元に力なく崩れ落ちたまま、激しい悪寒に震えていた。
「教団の支配が崩れて空発になった中央都市を……一気に固めて俺たちの本拠地にするはずだったんだ……!」
残党は必死に言い訳を吐き捨てるように言葉を繋ぐ。
「それなのに……拠点の設営に入った途端、あのヴァルターが現れて……! 奴は一人で突入してきて、防衛線を構築する暇すら与えずにギルバート様を……ッ!」
ギルバートの野心も、組織を再建しようとした企みも、すべてはヴァルターという絶対的な暴力を前にして露と消えたのだ。
ルシアンの感情の失われた瞳が、はるか遠くの中央都市の方角へと向けられる。
(ギルバートが倒れたか……)
最初から信用などしていなかった。互いに利用し合い、隙があれば切り捨てるはずだった男。
だが、そのギルバートを容赦なく叩き潰し、組織そのものを一夜で瓦解させたヴァルターの存在感だけが、焦土と化した世界の中心に不気味に残り続けている。
「……勝手に潰れてくれたなら、探す手間が省けた」
ルシアンの喉から、掠れた声が零れ落ちる。
使い捨てにされるはずだった自分は生き残り、自分を利用しようとした奴らは自滅した。残ったのは、倒すべき教団の残党と、ヴァルターという脅威だけだ。
ルシアンは残党たちを一顧だにせず、荒涼とした台地へ向かってゆっくりと歩き出した。
『……お兄ちゃん……どこへ……?』
背後から、試作型の少女がその小さな足音を忍ばせてついてくる。
ルシアンの自傷痕と同じように引き攣った傷を抱え、感情の死に絶えた顔で、ただ影のように寄り添う欠陥品。
「言うなと言ったはずだ」
ルシアンは振り返ることなく、引き裂かれた右腕の傷口を軽く押し潰した。
——バチッ……
肉の結合音が小さく響き、過剰修復の熱が身体の奥でかすかに脈打つ。
痛みが脳を刺し、己がまだ死んでいないことを自覚させる。
「どこへも行かない。ただ、目の前に現れる不快なものを、すべて潰すだけだ」
黒い空の下、潰えたレジスタンスの残骸と、消えぬ教団の影を追うように。
自傷と再生の狂気を身に纏った宿主と、行くあてのない少女のふたりは、荒野の闇の中へと消えていった。




