第四話 狂宴の食卓
エレナの胴体が地面に叩きつけられ、赤い池が広がっていく。
さっきまで僕の手を温かく包んでくれていた指先が、ぴくりとも動かなくなる。
「あ……あぁ……」
絶望と怒りで、喉が焼き切れるような声しか出ない。
目の前で無邪気に肉を噛みちぎる『暴食』の少年。その姿が、歪んだ視界の中で不気味にブレて見えた。
「う〜ん、噛み応えがあって最高! さてと、次はお兄さん、君の番だね!」
少年が満足そうに血を舐め取ると、次の瞬間、その姿が霧のように消えた。
次の瞬間——ドスッ、という鈍い衝撃。
「がっ……!?」
視界が激しく上下反転する。
気づいた時には、僕の腹部に少年の小さな拳が深々とめり込んでいた。
そのまま背骨ごと突き破られ、背中から血と内臓が吹き出す。
「へえ、案外柔らかいね! いただきます!」
少年は邪悪な笑顔のまま、僕の腹の中に手を突っこみ、肝臓を丸ごと引きずり出した。
「あぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
全身の神経が沸騰するような激痛。
腹を空洞にされ、内臓を素手で引っ張り出される感覚に、僕は血を吐きながらのたうち回った。
少年はその肉塊を口に放り込み、クチャクチャと不快な音を立てて呑み込む。
「うげっ、まずい! なんだこれ、腐った鉄みたいな味がする! 最悪だ!」
少年が吐き捨てるようにペッペッと血を吐き出した、その時だった。
——我が肉を喰らい、吐き捨てるか。
——無知なる豚が。死をもってその不遜を洗うがいい。
【ユニークスキル:『我が至高なる存在』発動】
グググググ、と不気味な重低音が広場全体に響き渡った。
「え……なに……?」
少年の顔から笑みが消える。
次の瞬間、少年が飲み込んだ僕の肝臓の片端、そして地面に飛び散っていた血と肉が、強烈な磁石のように引き合い始めた。
ズバッ、と少年の腹が内側から裂けた。
「ぎゃああああああっ!??! 痛い、お腹が、お腹が破れるぅぅぅっ!?」
少年の体内から、僕の肉体が強引に外へと飛び出していく。
内臓を破られ、血を吹き出しながらのたうち回る『暴食』の少年。
その口と腹の傷口から引きずり出された血肉が、空中で複雑に絡み合い、僕の腹部の空洞へと凄まじい勢いで収束していく。
「あがッ、ぐあぁぁぁぁぁッ……!!!」
再生の激痛が脳を破壊する。
引きちぎられた肉が、強引に繋ぎ合わされる摩擦熱と痛みに、僕は涙と血を流しながら叫び続けた。
心臓が打ち震え、肋骨が軋みながら噛み合っていく。
数秒後、僕の腹の穴は完全に塞がっていた。
「はぁ……はぁ……はぁっ……!」
血の海の中に立ち尽くす僕。
足元では、腹を激しく損壊させた『暴食』の少年が、血の反吐を吐きながら僕を見上げていた。その瞳には、さっきまでの余裕はなく、純粋な驚愕と恐怖が浮かんでいる。
「な、なんだよお前……! 喰ったのに……なんで再生するんだよ……!? 喰っても喰っても、僕のお腹を破ってくる……ッ! お前、化け物かよ!?」
『七つの大罪』であるはずの少年が、僕を恐れて後ずさる。
化け物。
そうか、僕はもう、ただの人間じゃないんだ。
「……あはっ」
乾いた笑いが漏れた。
前世の倫理観も、人を思いやる心も、この激痛と絶望の渦の中で擦り切れて消えていく。
エレナの冷たくなった遺体を見つめる。
彼女を守れなかった。僕の弱さのせいで、僕の甘さのせいで。
——なら、僕はこの『死ねない呪い』をすべて受け入れてやる。
僕は血塗られた自分の手を見つめ、静かに少年へ向かって歩き出した。
攻撃魔法も剣術もない。だが、僕には『決して滅びない』という、最悪で狂気的な盾がある。
「来いよ、『暴食』。僕を何度でも喰ってみろ」
壊れた心で呟いたその言葉には、前世の面影など、もうどこにも残っていなかった。




