第四十五話 欠陥品の呼応
『……新しい……お掃除係……?』
少女の声は感情の起伏を完全に欠き、ただの現象として地下室の冷気に響いた。
ルシアンは視線を落とし、足元の血だまりを踏みしめながらゆっくりと距離を詰める。
近づくほどに分かった。少女の四肢に穿たれた鉄杭、皮膚の深くに直接刻まれた魔導術式、そして絶え間なく破砕と結合を繰り返す不揃いな肉体。
それは、ルシアン自身が叩き込まれた『我が至高なる存在』の力を定着させるための、あまりにも無惨な初期の残滓——【試作型】の身体構造そのものだった。
「……違う」
ルシアンの喉から、掠れた声が落ちる。
「僕は掃除係でも、お前の救世主でもない。ただの兵器だ」
ルシアンは少女の拘束具を見下ろすと、躊躇なく己の右の指を三本、まとめてへし折った。
バキリ、と地下室に不吉な音が響き渡る。
脳を刺す強烈な激痛が走り、体内の過剰修復エネルギーが脈打つ。その破壊の威力を秘めた拳を、少女を吊るしていた中央の太い鉄鎖へと叩きつけた。
ガンッ!!
火花が散り、断ち切られた鉄鎖が甲高い音を立てて床へ転がる。
拘束から解放された少女は、受け身をとることもなく、壊れた人形のように冷たい石床へと崩れ落ちた。
「……ハッ、あ……っ」
指の接合音とともに冷や汗を吐き捨てるルシアン。
床に倒れた少女は、膝を折ったままゆっくりと首を上げ、光の消えた瞳でルシアンの自傷痕を見つめた。
『……お兄ちゃんも……壊れてる……』
少女の手が、力なくルシアンの血に濡れた裾へと伸びる。
その指先には、ルシアンと同じように「自傷によってしか力を引き出せない」欠陥構造の痕跡が、生々しく引きつっていた。
ルシアンはその手を、冷酷に振り払った。
「触るな」
一切の情を排した低い拒絶。
「同情も、共感も要らない。お前がここで死のうが、生き延びようが……僕には関係ない」
温もりは毒だ。絆は自分を弱らせる呪いに過ぎない。
だが、少女は振り払われた手を胸元で握りしめ、感情の失われた顔でただ静かにルシアンの背中を見つめ返していた。
その時——地下施設の奥、さらに深層へと続く巨大な鋼鉄の隔壁が、重苦しい爆音を立てて内側から歪み始めた。
(……来る)
『黒の天秤』の騙し討ちでも、教団の正統派の残党でもない。
この施設に潜み、教団の「闇の実験派」と手を組んで人間を弄んでいた異形の気配——【別の大罪の宿主】が、肉を削ぐような禍々しい圧力を伴って目覚めようとしていた。




