第四十三話 要塞都市の影
東方の要塞都市グラン・ゼル。
そこは、周囲を何重もの魔導防壁と断崖絶壁に囲まれた、聖導教団最大の軍事拠点だった。中央大都市を追われた教団の残党や逃亡した高官たちが集結し、奪還のための牙を研いでいる。
「……ここがグラン・ゼルか」
都市を見下ろす荒野の崖上。
泥と返り血で黒く汚れ、ぼろきれのようになった外套を纏ったルシアンが佇んでいた。
「そうだ。正面の『金剛の門』には高密度の術式が張られている。普通に近づけば、近接防衛魔導陣の集中的な熱線で消し炭だ」
背後から水音を立てて現れたのは、ギルバート率いる『黒の天秤』の別動隊だった。
彼らは重装魔導砲や爆破資材を準備しながら、ルシアンを人間のそれとは思い届かない「動く欠片」を見るかのような冷ややかな視線で見つめている。
「作戦はシンプルだ。お前が一人で『金剛の門』へ突入し、術式を力任せに起動させて防衛機構を暴走させる。敵の火力が集中した隙に、俺たちが側面の排気口から内部へ爆薬を持ち込む」
ギルバートは隻眼を光らせ、残忍な笑みを浮かべた。
「文字通りの『肉壁』だ。どれほど再生しようが、魔導砲の連続照射に耐えるのは地獄の激痛だろうが……お前なら問題ないだろ?」
ルシアンは一切の返答をしなかった。
ただ、己の左の肘関節を、自らの右手で躊躇なく反対方向へへし折る。
——ゴキッ!!
「ぐっ……、あ……っ!」
脳髄を突き刺す激痛。
過剰修修復の熱線が全身の血管を焼き、体内で暴走する『我が至高なる存在』の概念が、即座に肉と骨を強引に接合していく。自傷の激痛によって限界を超えて引き出された【傲慢】の圧線が、ルシアンの濁った瞳に昏い殺意の光を灯した。
「……僕を利用しているつもりなら、好きなだけ利用すればいい」
ルシアンは強引に接合した肘を振り下ろし、冷酷な声で吐き捨てた。
「だが……教団の残党をすべて殺し尽くした後、お前たちが僕の役に立たなくなったら……その時はお前たちの頭骨も砕く」
「くくっ、違和感のない交渉だな。せいぜい地獄の門番を楽しんで来い」
絆も同情もない。ただ互いを使い潰すための冷徹な算段。
ルシアンは崖を蹴り、単身でグラン・ゼルの「金剛の門」へと飛び降りた。
ただの兵器と化した怪物は、己の身を削りながら、要塞都市を血と絶望の渦へと叩き落とすべく突き進んでいく——。




