第四十一話 破滅の余韻と果てなき暗渠
血と肉の匂いが充満する至聖所。
黄金の光が差し込んでいたステンドグラスは砕け散り、大理石の床には大司教や教団高官たちの無残な骸が横たわっていた。
「……ハッ、ぁ……ッ」
ルシアンは血の海の中にただ一人、佇んでいた。
至近距離で教団の中枢を踏みにじり、その首を刈り取ったはずだった。だが、胸の中に残るのは達成感でも救いでもない。ただただ底の抜けたような、冷たく虚ろな【傲慢】の欠落感だけだった。
——ゴキリ。
左肩の砕けた関節が、過剰な修復概念によって強引に接合される。
脳を刺す激痛が走り、ルシアンは眉一つ動かさずに血の混じった息を吐き出した。
(終わりではない……。教団の末端、隠された施設、この歪んだ世界の全て……)
その時、至聖所の天井を突くような重い爆発音が響いた。
地上からの衝撃波が大理石の柱を揺らし、煤けた煙が上層から流れ込んでくる。
「……始まったか」
『黒の天秤』による都市主要施設の占領と爆破。
ギルバートたちはルシアンという最悪の怪物を教団の本拠地に解き放ち、教団の指揮系統が完全に麻痺した一瞬を狙って、地上と地下の双方から都市の支配権を奪い取りにきたのだ。
ルシアンを極上の「使い捨ての駒」として利用し、ルシアンもまた彼らの陽動と情報を「使い捨ての道具」として利用した。
互いに信頼など一欠片もなく、互いの死すら織り込み済みの冷酷な結末。
「おい……マジかよ、一人で大司教までやりやがったのか……」
煙の中から、武装した『黒の天秤』の精鋭部隊を率いてギルバートが現れた。
隻眼の男は、至聖所に広がる惨状と、その中心で血みどろになって立つルシアンを見回し、獰猛な笑みを浮かべた。
「見事な暴れぶりだな、ルシアン。おかげで教団の防衛線はガタガタだ。俺たちは予定通り、中央大都市の機関をほぼ手中に収めたぞ」
ギルバートは踏み込み、腰の長剣に手をやりながらルシアンとの距離を測る。
その目には、仕事を終えた「使い捨ての兵器」をここで処分の対象とするか、あるいはまだ利用価値があるかを天秤にかける冷酷な計算が宿っていた。
ルシアンは振り返りもしない。
己の壊れた右手の指を、一本ずつ噛み直して接合させながら、濁った瞳でギルバートを横目で見やった。
「……僕を消したいなら、試してみるといい」
低い、氷のような声。
「だが、僕を殺し損ねれば……次はお前たち『黒の天秤』の喉笛を噛み千切る」
「……くくっ、はははッ!」
ギルバートは手にかけた剣からそっと指を離し、肩を揺らして笑った。
「言ったはずだ、俺たちは互いに利用し合う関係だと。お前のような危険すぎる化け物を無駄に刺激する気はないさ。……教団の残党はまだ各地に散っている。お前にはまだ、暴れてもらう場所がいくらでもあるだろう?」
絆も温もりもない、死線の上で繰り広げられる化け物同士の取引。
ルシアンは何も答えず、血に濡れたローブを翻して、崩れかけた大聖堂の出口へと歩みを進めた。
休む気などない。傷を癒やす気もない。
ただ己の肉体を破壊し、過剰に再生させ、痛みに身を焦がしながら、復讐と殺戮の地獄を歩み続けるだけだ。
漆黒の夜空の下、燃え上がる中央大都市を背景に、孤高の兵器は次なる戦場へと消えていった——。




