第四十話 聖座の破滅
重厚な大門が、血塗られたルシアンの手によって音を立てて開かれていく。
扉の先——そこは教団の最高権力者たちが集う『大聖堂・至聖所』。白磁の柱と美しいステンドグラス、そして天井から降り注ぐ黄金の光が満ちる、教団の象徴たる場所だった。
だが、その神聖な空気は、一人の少年が踏み込んだ瞬間に灰燼に帰した。
「……ひっ……!!」
「入ってきた……! 地下の防衛線を……親衛隊を全滅させて……!?」
豪華な法衣に身を包んだ枢機卿や教団高官たちが、悲鳴を上げて後退る。
彼らの視線の先にいるのは、全身から鮮血を垂れ流し、歩くたびに砕けた骨を強引に接合させる嫌な音を響かせる怪物——ルシアンだった。
「……ハッ、あ……っ」
ルシアンの左眼は潰れ、剥き出しの肉が激痛に震えている。
だが、その潰れた眼窩の奥に灯るのは、底の知れない虚無と【傲慢】の殺意。
至聖所の奥、一段高い壇上に座していたのは、教団の指導者たる大司教だった。彼は震える手で聖印を握りしめながら、怒号を上げる。
「無礼者め! ここをどこだと心得ている! 神の聖域において、そのような禍々しい『大罪の力』を振りかざすなど……ッ!」
「神……?」
ルシアンの喉から、かすれた失笑が漏れた。
「僕からすべてを奪い、実験体として刻み刻みにして……ガルドたちを虫けらのように殺したお前たちが……神を語るのか?」
ルシアンは一切の迷いなく、自らの左手首を強引に捩じ切るようにへし折った。
ゴキッ!!
「ぐあぁぁぁッ……!!」
脳髄を突き刺す爆発的な激痛。
過剰修復の血流が激怒の濁流となって噴き出し、自傷の衝動がルシアンの肉体を弾丸のように撃ち出す。
「射殺せ! 殺せえええッ!!」
残っていた側衛の魔導兵たちが一斉に光線を放つ。
ルシアンの肉体が削れ、腹が抉れるが、もはやそんなものは障害にすらならない。激痛を薪にして出力を上げたルシアンは、一瞬で作戦壇の上に躍り出ると、大司教の胸ぐらを掴み上げた。
「ヒッ……や、やめろ! 望むものは何でも与える! 金か!? 地位か!? それとも力を安定させる術か——」
「僕が欲しいのは……」
ルシアンは大司教の右腕を根元から力任せに引きちぎった。
「ぎゃあああああぁぁぁぁッ!?」
凄惨な悲鳴が至聖所に響き渡る。ルシアンはその血を顔面に浴びながら、冷たく言い放った。
「お前たちの絶望と、血の海だけだ」
そのまま大司教を床へと叩きつけ、踏みつける。
地下の『黒の天秤』が起こした大規模テロにより、教団の増援は届かない。互いに利用し合い、互いを捨て駒とした冷酷な取引の成果が、いまここで教団の中枢を完全な解体へと追いやっていた。
誰の温もりも要らない。仲間も、希望も要らない。
血と痛みの中にだけ存在する「兵器」となったルシアンの復讐劇は、教団の象徴をその足元で踏み潰し、さらなる地獄の深淵へと突き進んでいく。




