第三十三話 兵器の価値
『黒の天秤』の最深部——地下に建造された旧時代の巨大な兵器庫を転用した作戦本部。
重厚な鉄扉の先には、無数の地図や教団の動向を示す書類、整然と並べられた魔導兵器、そして訓練に励む数百人の構成員たちの熱気が満ちていた。
だが、ルシアンが歩を進めるたび、その熱気は氷のように冷えていく。
「……あいつが例の……」
「レヴィアから一人で生還したってガキか……?」
「腕を自分で折りながら歩いてたってマジかよ……気味が悪すぎる」
向けられるのは恐れ、好奇、そして明確な蔑視。
かつてガルドたちが差し向けてくれたような、不器用ながらも温かい眼差しはここには存在しない。そしてそれこそが、ルシアンにとって最も心地よい空気だった。
「ここがお前のあてがわれる区画だ」
ギルバートが鉄格子の入った小部屋のドアを蹴り開ける。中は簡素なベッドと無機質な石壁があるだけの、まるで牢獄のような部屋だった。
「教団の内部情報、地上への隠密ルート、補給線……お前が欲しがっているものはすべて我が『黒の天秤』が握っている。だが、タダで渡すわけにはいかん」
ギルバートは隻眼を鋭く細め、ルシアンの胸元を指さした。
「組織ってのは対等な『価値』の交換で成り立つ。お前が教団の喉笛……中枢を狙うためにうちの情報を使いたいのなら、お前自身がそれに見合う『兵器』であることを証明してもらう」
「証明……?」
ルシアンは血の巡りが悪く青白い顔を上げ、冷たい瞳でギルバートを見返した。
「明後日、教団の補給部隊が迷宮街の第4区画を通過する。教団の物資を奪い、前線部隊に大打撃を与える作戦だ。そこに単身で突入し、敵の防衛線を一人で壊滅させろ」
それは、通常の兵士であれば死刑宣告に等しい無謀な特攻指令だった。
組織の幹部たちは、この素性の知れない「怪物」の底力を測り、使い捨ての駒として機能するかを試そうとしているのだ。
「断れば?」
「お前を教団のスパイとみなしてここで処分する。……あるいは、お前が自力でここを抜け出し、情報なしで地上へ乗り込んで犬死にするかだ」
ギルバートの口元に狂暴な笑みが浮かぶ。
試しているのだ。ルシアンという「個」が、自分たちの野望に資する道具足り得るかどうかを。
「……ふん」
ルシアンの口から、掠れた嘲笑が漏れた。
自傷の激痛。強引な再生。
自らの肉体を損壊し、『我が至高なる存在』の過剰な出力を引き出す引き金。
その痛みの対価として得る圧倒的な破壊力を、ただの作戦の一環として差し出すことなど、ルシアンにとっては呼吸と同義だった。
「いいだろう」
ルシアンは右手の指を一本ずつ、自らの手でゆっくりと脱臼させていく。
ゴキ、ゴキ、と静寂な部屋に不気味な関節音が響き渡り、過剰修復の血流が皮膚の表面で不気味に泡立った。
「僕をただの『兵器』だと思うなら、好きに使えばいい。だが——その代償は高くつくぞ」
誰の温もりも要らない。仲間という名の弱点も持たない。
ただ互いを喰らい合い、利用し尽くす暗黒の契りが、地下の闇の中で静かに結ばれた。




