第三十一話 中央大都市と迷宮街
頭上にそびえ立つのは、白亜の壁と黄金の尖塔が雲を突き刺す聖導教団の本拠地——『中央大都市』。
神の光と絶対の秩序が支配するそのきらびやかな地上の裏側には、陽の光すら届かない広大な影が存在していた。
——『迷宮街』。
教団の監査から漏れ、都市の排泄物と犯罪者が澱のように溜まる地下迷宮。
コンクリートの残骸と錆びた鉄板で組み上げられた無数のバラックが、まるで巨大な墓標のように幾重にも積み重なり、その狭い路地裏をどぶ川が濁った音を立てて流れている。
「……ハッ、ぁ……っ」
その泥濘んだ路地を、ボロボロの黒いローブを纏ったルシアンが歩いていた。
一歩、足を前に踏み出すたびに、崩れかけた左足の骨がギシリと音を立てて砕ける。次の瞬間、体内から湧き上がる『我が至高なる存在』の過剰な修復概念が、強引に肉と骨を引き締め、元の形へとねじ伏せる。
(痛い……相変わらず、脳が焼き切れるような痛みだ)
だが、その痛覚こそがルシアンの現実だった。
レヴィアでの惨劇、ガルドやレイラの死、そしてあの化け物たちの姿。それらすべての生々しい悪夢を脳裏に焼き付けたまま、ルシアンは迷宮街の奥底へと足を進める。
頭上を見上げれば、金色の聖堂の影が、この巨大なスラム全体を威圧するように黒々としたシルエットを落としていた。
この都市の構造そのものが、教団の絶対的な支配と、その下に踏みにじられる「下等な人間たち」の絶望を体現している。地上と地下。栄光と腐敗。
ルシアンは吐き捨てるように血を吐き出し、錆びた鉄板の壁に肩を預けた。
「……教団の犬どもが」
この迷宮街には、教団に追われた異端者、見捨てられた逃亡者、そして失うものなど何もない狂気的な連中が潜んでいる。
だが、今のルシアンにとって、彼らは「仲間」でも「同情の対象」でもない。ただ、教団の中枢へ肉薄するための情報と、追手を引き付けるための雑多な「盾」でしかなかった。
誰も信じない。誰とも馴れ合わない。
温もりなどという毒を二度と摂取しないと誓ったルシアンの冷徹な眼差しが、暗いスラムの闇を射抜く。
(待っていろ……今度こそ、その首を抉り出してやる)
冷たい雨が迷宮街の濁った水たまりを叩く中、完全なる孤高の怪物は、さらなる地獄の深淵へと足を踏み入れていった。




