第二十七話 希望の断絶
「……な、んだ……これ……」
ガルドの声が、乾いた喉から絞り出された。
瓦礫の山を越え、ゆっくりと歩み寄ってくる二つの影。
全身から発せられる物理的な圧力のような魔力が、レジスタンスたちの皮膚を刺し、呼吸すら奪っていく。先ほどまでの「奇跡的に生き残れた」という歓喜は、一瞬にして冷や水を浴びせられたように消失した。
「教団の異端審問官と……水上都市の魔女……」
「ガ、ガルドさん……っ、あの二人、まだやり合ってるんじゃないの……!?」
若者たちがガルドの背後に身を寄せ合い、ガタガタと震え出す。
先ほど足を挫いた少女レイラは、青ざめた顔でガルドの服の裾を強く握りしめていた。
二人の化物は、お互いを泥沼の殺し合いで削り合いながらも、逃げ場を失ったレジスタンスたちを単なる「邪魔な障害物」として視線に収めていた。
「ヴァルター……害虫が鬱陶しいわ」
レヴィアタンが肩の傷口から溢れる血をぬぐいもせず、冷酷な瑠璃色の瞳をレジスタンスたちへ向ける。
「私の街を荒らした虫けらどもが、いつまで生きて蠢いているのかしら。……目障りよ」
【羨望される世界】
レヴィアタンが細い指先を優雅に弾いた。
「逃げろッ——!」
ガルドの悲鳴のような叫びが響いた、その瞬間。
シュンッ。
「あ……?」
ガルドのすぐ後ろを走っていた若いレジスタンスの男——先ほどまで「生きて帰ったら酒を飲もう」と笑い合っていた青年が、唐突に言葉を失った。
彼の「上半身」と「下身」をつなぐ腹部の肉、内臓、骨が——まるで最初から存在しなかったかのように、丸ごと消滅した。
ドサッ。
「が……ぁ……っ!?」
上下に切断されたのではない。腹部という「部位」そのものをレヴィアタンに強奪され、青年は上下バラバラの肉塊となって地面に崩れ落ちた。溢れ出る大量の鮮血が、レイラの顔と服を真っ赤に染め上げる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
レイラの金切り声が、崩落した地下水路に響き渡った。
「トニィ! トニィぃぃッ!?」
「な……ッ!?」
ガルドの瞳が激しい絶望に見開かれる。
つい数秒前まで、全員で生きて帰れると信じ切っていた。絆を確かめ合い、過酷な運命に打ち勝ったと歓喜していた。その直後に訪れたのは、理由も抵抗の術もない、あまりにもあっけない惨殺だった。
「ふふ、絶望した顔も素敵ね」
レヴィアタンが冷酷に微笑む。
彼女の足元には、青年から奪い取った血塗れの腹部の肉が、ぽつんと出現していた。
「神の秩序を乱す異端、および大罪の協力者……すべて死罪だ」
さらにその惨劇の背後から、『剣聖』ヴァルターが氷のように冷たい声で宣言した。
彼はレヴィアタンとの死闘を継続しながらも、聖剣を滑らかな動作で一閃させる。
——一般スキル『無音斬』。
目に見えぬ透明な剣圧が、逃げ惑うレジスタンスたちの間を駆け抜けた。
首が跳ね飛び、胴体が斜めに切断される。
ついさっきまでルシアンの横で未来の夢を語り合っていた若者たちが、ヴァルターの洗練された技の前に、まるで落ち葉のように次々と細切れにされていく。
「やめろ……やめてくれぇぇぇッ!!」
ガルドが血反吐を吐きながら、錆びた剣を構えてヴァルターへ突進する。
仲間を守るための、己の命を投げ打った渾身の一撃。だが——
パンッ。
ヴァルターはガルドの剣すら見ず、左手でガルドの首を易々と掴み上げ、そのまま地面へ叩きつけた。
ゴカッ!
「がはっ……!!」
頭蓋が砕ける鈍い音が響き、ガルドの口から大量の血が噴き出す。
「ガルドさんッ!!」
レイラが這い寄り、血まみれのガルドの手に触れようとする。だが、その頭上からレヴィアタンの影が覆いかぶさった。
「その『命』も、その『絆』も……全部、私がいただくわ」
レヴィアタンの手が、レイラの頭部へ伸ばされる。
ほんの数十秒前まで輝いていた希望が、本物の化け物たちの気まぐれな暴力によって、ぐちゃぐちゃに踏みにじられていく。
その凄惨な地獄の光景を、血まみれで倒れていたルシアンの濁った瞳が、静かに見つめていた。




