第二五話 崩落の予兆
ゴォォォンッ! ズシャアアアッ!!
水上都市レヴィアの中央広場は、完全に世界の理から外れた殺し合いの舞台と化していた。
聖導教団の精鋭を率いる『剣聖』ヴァルターの神速の剣閃が空間を裂き、あらゆる呪術や物質を両断していく。対する【嫉妬】の大罪者レヴィアタンは、自らの領域で構築した『羨望される世界』の掠奪陣を展開し、ヴァルターの着る聖衣や肉体の表層を容赦なく剥ぎ取っていく。
どちらが欠けても世界の均衡が狂う、化物同士の圧倒的な消耗戦。
その余波だけで、周囲の石造りの建造物はパズルのように崩れ落ち、湖の水が濁った巨浪となって広場へと流れ込んでいた。
「……っ! ここはやばい、天井が崩れるぞ!」
排水口の陰に身を潜めていたガルドが、頭上から降り注ぐ巨大な瓦礫の破片を避けながら叫んだ。
先ほどまでの安堵と歓喜の色は消え去り、再び極限の緊張がレジスタンスの若者たちの顔を強張らせる。
「みんな、はぐれるな! あの化け物たちの戦いが終わる前に、地下水路へ飛び込むんだ!」
ガルドが先頭に立ち、仲間たちを誘導する。
その傍らで、先ほどまで笑顔を見せていた少女——レイラが、恐怖に震えながらもガルドの背後を必死について走っていた。
「ガルドさん……っ、出口はもうすぐ……!」
「ああ、諦めるな! 生きて、この街を脱出するぞ!」
彼らの瞳には、過酷な現実を乗り越えて「生き延びる」という強い意志と、お互いを守り合おうとする確かな絆が宿っていた。
その姿は、この救いのないダークファンタジーの世界において、あまりにも眩しく、そして——残酷なほどに脆い。
(……勝手に希望を抱いてろよ)
数歩離れた場所で、ルシアンは血まみれの身体を引きずりながら、冷ややかな視線を彼らに向けた。
『我が至高なる存在』の自傷と修復の反動で、ルシアンの全身は痙攣し、まともに歩くこともできない。だが、他人の馴れ合いや、どうせすぐに踏みにじられる絆など、ルシアンにとっては虫けらの戯言でしかなかった。
——いや、そう思い込もうとしていた。
脳裏のどこかで、かつて自分が失ったものや、あの研究施設で散っていった少女の顔がチラつき、胸の奥が微かに疼く。
だが、ルシアンはその微熱のような感情を、冷徹な自嘲で押し潰した。
「早く行けよ……どうせ、すぐ死ぬくせに」
掠れた声で呟き、ルシアンは自分の左手の平に再び短剣を突き立てる。
血を流し、痛みを味わい、この世界の狂気にしがみつくことだけが、今のルシアンに許された唯一の生存手段だった。
その時。
広場の中心で、ヴァルターとレヴィアタンの力が極限まで衝突し、巨大な魔力の爆発が起きた。
圧倒的な衝撃波が空間を薙ぎ払い、ガルドたちが走る地下水路の入口へと一直線に襲い掛かる。
「きゃああっ!?」
少女の悲鳴が、轟音にかき消された。
逃走経路の真上に、数百トンはある巨大な聖堂の柱が、真っ二つに折れ曲がりながら崩れ落ちてきたのだ。




