第二十二話 美しき捕食者
「あら……その腕、なかなか不気味で素敵ね」
レヴィアタンが、手すりの上から見下ろすように冷たい視線を投げてくる。
ルシアンの左肩からは、肉が弾け飛び、引きちぎられた筋肉と骨が赤黒い血とともに強引に硬化・変形した『血の異形剣』が歪に生え伸びていた。
関節を無視して固定された異形の肉体は、存在しているだけで激痛の悲鳴を上げ続けている。
「っ……ハぁ……っ」
痛い。骨が砕かれ、神経が圧搾される激痛で視界の端が明滅する。
だが、ルシアンは一切の表情を変えず、濁った瞳でレヴィアタンを捉え続けた。
「ふふ、その痛みに耐える顔……たまらないわ。でもね、他人のものって、どうしても欲しくなっちゃうの」
レヴィアタンが小さく唇を舐め、瑠璃色の瞳を妖しく輝かせた。
【ユニークスキル:『羨望される世界』発動】
シュンッ、と空間が歪む。
「……ッ!?」
ルシアンは反射的に距離を取ろうと踏み込んだが、右足に力が入らない。
見下ろすと、右膝から下の肉が——まるで最初から存在しなかったかのように消え去っていた。
衝撃でも切断でもない。
ただ「消滅」したのだ。
そして次の瞬間、レヴィアタンの優美な足元に、ルシアンの失われた右足が、血を撒き散らしながらぽつんと出現した。
「ああ、素晴らしいわ……『傲慢』の宿主の肉体。不完全で、呪われていて、それでいて死を拒絶する絶対的な存在感……」
レヴィアタンは足元の肉片を踏みつけ、うっとりと目を細める。
「あなたのその『死ねない肉体』も、『痛み』も、『抗う意志』も……全部、私が奪ってあげる。奪われて干からびていく恐怖を味わいながら、私の一部になりなさい」
(空間の切断……じゃない。「概念の奪取」か……!)
ルシアンは泥の中に倒れ込みながら、即座に理解した。
彼女の『羨望される世界』は、視界に入った対象の所有物——体力、魔力、部位、さらには「状態」そのものを理不尽に強奪する能力。
普通の人間なら、足や臓器を奪われた時点でショック死するか、戦意を喪失する。
「ぐ……あぁぁぁッ!!」
だが、ルシアンの体内で『我が至高なる存在』が暴れ出した。
右脚を奪われた事実を拒絶するように、切断面から無数の血の糸と骨の芽が吹き出し、激痛とともに強引に新たな脚を「再構築」し始める。
「な……っ?」
レヴィアタンの微笑みが、初めて微かに固まった。
奪ったはずの右足が彼女の足元でピクリとも動かなくなったかと思うと、ルシアンの切断面から生え出た新たな肉と骨が、数秒で足を元通りに繋ぎ直したのだ。
「自分の身体すら、無理やり生やし直すというの……!? 気持ち悪い……なんて不快な生命力なの……!」
「言ったはずだ……」
ルシアンは血みどろのまま立ち上がり、冷ややかな視線を向けた。
「僕のものは、誰にもやらん」
己の血を搾り出し、激痛を燃料にして踏み出す。
勝ち目の薄い、理不尽対理不尽の泥沼の戦いが、水上都市の闇を切り裂いていく。




