第二十一話 掠奪の美学
「あ……が、ぁ……」
若いレジスタンスの男が、レヴィアタンの『嫉妬』の権能によって干からびた灰色の肉塊と化して崩れ落ちる。
その凄惨な死に様を目の当たりにし、広場にいた他の若者たちは恐怖で足がすくみ、武器を取り落とした。
「な、なんだこれ……武器も、魔法も、通じない……っ!?」
「逃げろ! ここにいたら全員殺されるぞ……ッ!」
パニックに陥り、出口へ駆け出そうとするレジスタンスたち。
だが、手すりに腰掛けたレヴィアタンは、まるで愛しいおもちゃを眺めるかのような冷酷な微笑みを崩さない。
「逃げるの? せっかく私のお庭に遊びに来てくれた可愛い虫けらたちなのに。もっと私に、あなたの命や絶望を分けてちょうだい」
レヴィアタンが再び指を軽く弾く。
空気が異様に重くなり、逃げようとした若者たちの足元から黒い泥のような影が這い出し、その足首をガッチリと掴んだ。
「動けない……!? 体が、重い……っ!」
「ガルドさん、助けて……っ!」
助けを求める仲間の声に、リーダーのガルドは唇を噛み締め、錆びた剣を震える手で構え直した。彼の額から冷たい汗が滝のように流れ落ちている。分かっているはずだ。勝ち目などない。それでも彼は、仲間を見捨てて逃げ出すような男ではなかった。
(クソっ……ここまでなのか……!)
ガルドが絶望に染まった瞳を大きく見開いた、その時だった。
ガシャアアアアッ!!!!
広場の天井をブチ破り、血まみれの影が凄まじい勢いで落下してきた。
「——邪魔だ」
低い、底冷えするような声。
激しい着地の衝撃で石畳が粉々に砕け散り、砂煙の中から姿を現したのは、全身に無数の矢が刺さり、血を滴らせたルシアンだった。
「……お前は、正面の橋にいたはずの……!」
ガルドが息を呑む。
ルシアンの体は、教団兵との交戦でボロボロに引き裂かれ、皮膚のあちこちが不気味に盛り上がっていた。だが、その瞳には痛みや恐怖の色など微塵もなく、ただ濁った冷気が宿っているだけの虚無が広がっていた。
「正面の兵士は全員片づけた。……だが、中が静かすぎるからな。様子を見に来てやっただけだ」
嘘をついた。
助けに来たわけじゃない。ただ、この都市の奥から漂う異様な気配(大罪の気配)に引き寄せられただけだ。
「あら?」
手すりの上のレヴィアタンが、面白そうに小首を傾げた。
「あなたが、噂の『傲慢』の宿主ね? なるほど、いくら体を破壊しても勝手に治る、最高に効率の良い『不死の電池』ってわけだわ」
レヴィアタンの瑠璃色の瞳が、いやらしくルシアンをねっとりと舐め回すように見つめる。
「ねえ、その醜い体ごと、私にちょうだい。あなたの命を奪い尽くしても、どうせあなたはずっと私に縛られて、永遠に生き続けるんでしょう? ……なんて素晴らしい独占欲のかたちなのかしら」
「生憎だが……」
ルシアンは冷ややかに言い放ち、自らの右手の平を短剣で深く引き裂いた。
「僕の命も、肉も、誰にもくれてやるつもりはない」
肉が裂け、血が溢れ出る。
ルシアンはその血に「我が至高なる存在」の修復エネルギーを込め、容赦なく逆位相へ捻じ曲げた。
狙うのはレヴィアタンではない。
レヴィアタンが足元に巡らせていた『影の呪縛』の起点となる魔力の糸だ。
「——消えろ」
ドパンッ!!
放たれた血弾が、レジスタンスの足元を縛っていた影の糸を正確に撃ち抜き、爆散させた。
衝撃波でレジスタンスたちが解放され、ドッとその場に崩れ落ちる。
「……ガルド、立てるか」
ルシアンは振り返りもせず、冷たい声で背後の男たちに告げた。
「立てるなら、さっさとその役立たずどもを連れてこの広場から失せろ。足手まといが目の前で死なれると、後始末が面倒だ」
「お、おい……少年……!」
ガルドは驚愕と複雑な感情が入り混じった顔でルシアンを見つめた。
助けられたのか、それとも見下されたのか。だが、この状況でここに留まれば全員が灰色の肉塊にされることだけは痛いほど分かっていた。
「……すまない! 恩にきるぞ!」
ガルドは歯を食いしばりながら、生き残った若者たちを引っ張り、崩れた出口の通路へと必死に駆け出した。
「あら、逃がすわけないでしょう?」
レヴィアタンが冷酷に微笑み、再び指を動かそうとする。
「——おっと、相手は僕だ」
その視界を遮るように、ルシアンは自らの左肩を抉り、そこから飛び散る血肉を強引に束ねて硬化させた『血の異形剣』を構えた。
骨が剥き出しになり、神経が引き裂かれる激痛に顔色一つ変えず、ルシアンは薄汚れた笑みを浮かべる。
『嫉妬』の大罪者と『傲慢』の不死者。
水底の都市を舞台にした、救いのない狂気の泥沼戦が、本格的に幕を開けようとしていた。




