第二十話 水底の罠
「ぐっ……あっ……!」
大橋の上で、数え切れないほどの矢が僕の体を穿った。
教団兵たちの放つ『貫通矢』が肩を、太ももを、腹を撃ち抜く。一般スキルによる冷酷な射撃の雨。僕はその都度、血まみれの肉体を地面に引きずり、傷口から溢れ出る血を強引に逆位相へ捻じ曲げて血弾を放ち続けた。
ドパンッ!!
「うわああっ! また化け物が血を飛ばしてきたぞ!」
「下がれ、距離を取れ! 蜂の巣にしろ!」
教団兵たちの恐怖に満ちた怒声が響く。
だが、どれだけ敵を倒そうとも、次から次へと増援が現れる。私の体は血を失いすぎたことによる極度の貧血で、視界が完全に真ッ黒に染まりかけていた。
(痛い……血管が、焼き切れる……)
自分の肉体を銃の代わりに使う代償は大きすぎる。
修復のエネルギーが無理やり肉を繋ぎ合わせるたびに、全身の神経が引き裂かれるような激痛が脳を波のように襲う。それでも、僕は立ち止まらなかった。立ち止まれば、あの時のエレナのように、目の前で全てを奪われる。
いや——。
(僕は、誰も救わないって決めたんだ)
レジスタンスの連中がどうなろう知ったことではない。彼らが全滅しようが、僕の知ったことじゃない。僕はただ、この都市をかき乱すための「囮」としてここに立っているだけだ。
心の中で冷たく呟きながら、僕は再び掌に爪を立てた。
その頃。
水上都市レヴィアの西側排水口から、ガルド率いるレジスタンスの一団が内部へと潜入していた。
「……静かすぎるな」
ガルドは錆びた剣を構え、警戒しながら石造りの通路を進む。
背後には、緊張の色を隠せない若者たちが息を潜めて続いている。排水口から上がった内部の施設は、教団の重要拠点であるはずなのに、警備員の姿が驚くほど見当たらなかった。
「ガルドさん、もしかして正面の少年のせいで、こっちの警備が手薄に……?」
「いや、そんなはずは……」
不穏な空気が肌を刺す。
開け放たれた大広間に足を踏み入れた瞬間、ガルドの足がピタリと止まった。
そこにあったのは、おぞましい光景だった。
「な……っ!?」
広場の中央に、数人の教団兵たちが倒れていた。
だが、彼らは殺されていたわけではない。その全身の皮膚がドロドロに溶け、まるで別人の肉体と無理やり縫い合わされたかのように、ぐにゃぐにゃと変形していたのだ。
「ひっ……なんだこれ、気持ち悪い……!」
若いレジスタンスの男が後ずさる。
「よくぞいらしたわ。虫けらの群れが」
鈴を転がるような、しかし底冷えするほど美しい少女の声が、天井から降ってきた。
見上げた先にある石造りの手すりに、優雅に腰掛けているひとりの少女がいた。
水色の長髪に、冷酷な光を宿した瑠璃色の瞳。身に纏うのは、教団の法服をアレンジした艶やかなドレス。
【嫉妬】の大罪者——レヴィアタン。
「あなたたちが、あの『傲慢』の化け物を利用してこの街を引っ掻き回そうとした愚か者ね?」
レヴィアタンはクスリと嘲笑うように微笑んだ。
その手には、奇妙に脈打つ赤い水晶のようなものが握られている。
「私の街に許可なく入る者は、すべて私のもの。命も、魂も、そしてその浅ましい希望すらもね」
「貴様……!」
ガルドが怒りに任せて剣を抜こうとした、その瞬間だった。
レヴィアタンが指をパチンと鳴らした。
「——奪ってあげる」
ガルドの背後で、若いレジスタンスの男が突然、奇怪な悲鳴を上げた。
「が、はっ……!? 体が、動かない……っ!?」
男の全身から、凄まじい勢いで鮮血が噴き出し始める。
それは外傷によるものではない。彼の体内にある生命力、魔力、そして「生きようとする意志」そのものが、目に見えない力に吸い取られるように引き剥がされていく現象だった。
「おい、しっかりしろ! どうしたんだ、お前っ!」
ガルドが駆け寄り、男の肩を掴む。
だが、男の瞳から光が急速に失われ、その肉体は見る見るうちに干からびたミイラのように萎びていった。
「あ……が、ぁ……」
仲間だったはずの少年は、ガルドの目の前でドロリと崩れ落ち、ただの灰色の肉塊と化した。
【嫉妬】の権能。
それは他者の持つすべて——生命、力、幸福、そして肉体そのものを掠め取り、自らの糧あるいは人形として従属させる、あまりにも理不尽で悍ましい呪いだった。
「さあ、次は誰の番かしら?」
レヴィアタンが冷酷な微笑みを浮かべたまま、血塗られた手をゆっくりとこちらへ伸ばした。




