第十九話 湖上の要塞
暗い地下水路をどれほど歩いただろうか。
湿った臭いとカビの交じる空気が、次第に潮風の混ざる冷たい空気へと変わっていく。
水路の出口を抜けると、僕たちの視界に広く巨大な湖と、その中央に聳え立つ異様な都市が現れた。
水上都市レヴィア。
湖の上に張り巡らされた網の目のごとき石造りの橋と、巨大な水門。周囲を囲む高い防壁の上には、青白い光を帯めた長弓を構える教団兵たちが隙なく配置されている。
「あれがレヴィアだ……」
ガルドが低く呟き、後ろに続くレジスタンスの若者たちに合図を送る。
彼らの手には、使い古されたナイフや手製の爆薬、下級の一般スキル『身隠し』を付与した粗末な外套が握られていた。
「計画通りに行くぞ。少年が正面の橋でド派手に暴れ、教団の警備を集中させる。その隙に俺たちは西側の排水口から侵入し、中央の施設を爆破する」
「……あぁ」
僕は感情の籠もらない声で短く応えた。
レジスタンスの若者たち——僕と同年代に見える少年や少女たちが、恐怖に震える手でお互いの肩を叩き合い、不格好な笑みを交わしている。
『絶対に成功させて、街を取り戻そう』
『ああ、みんなで生きて帰るんだ』
そんな言葉が、小さな囁きとなって聞こえてきた。
(無駄だ……)
僕は冷徹に彼らから視線を外す。
彼らの持つ一般的なスキル——『腕力強化』や『微風の術』程度では、教団の精鋭どころか、この都市を統治する【嫉妬】の大罪者には指一本届かない。彼らがどんなに強い絆で結ばれていようと、この戦いの先にあるのは凄惨な死だけでしかないのだ。
「行くぞ」
僕は一人、ゆっくりと正面の大橋へ向かって足を踏み出した。
「おい、待て! 合図を出してからだ——」
ガルドの制止を無視し、僕は短剣の刃を己の左手首へと深く突き立てた。
「ッ……あ、ガ……ッ!」
肉が裂け、手首の静脈から赤黒い大量の血が溢れ出す。
脳を刺す激痛と、急速に奪われていく意識。僕は歯を食いしばり、溢れ出る血に『我が至高なる存在』の歪んだ修復圧力を叩き込んだ。
血の引き込みエネルギーを強引に逆位相へ集約させ、破砕の圧力を極限まで高める。
「な、なんだ奴は!? 侵入者か!?」
防壁の上の教団兵たちが僕に気づき、長弓を構える。
——一般スキル『貫通矢』。
青い光を纏った無数の矢が、雨のように僕へ向かって射ち放たれた。
「飛べぇぇぇぇッ!!!!」
ドパンッ!!!!
僕の手首から放たれた巨塊の『血弾』が、空気を爆破しながら一直線に大橋の鉄門へと激突した。
轟音とともに鉄門が歪み、破片と血の飛沫が周囲に撒き散らされる。
「な、なんだあの攻撃は!? 魔法の予兆が……うわああああっ!?」
悲鳴と混乱が広がっていく。
放たれた矢が僕の胸や肩を穿ち、肉を削ぎ落とす。
「ぐ、ぁ……っ! 痛い……痛い痛いッ!」
激痛にのたうち回りながらも、僕は倒れない。
刺さった矢を強引に引き抜き、傷口からさらに溢れ出す血を弾丸に変え、次々と教団兵たちへ叩き込んでいく。
「今だ! 正面が手薄になったぞ、突入しろッ!」
ガルドの叫びとともに、レジスタンスの仲間たちが西側の排水口へと駆け出していくのが見えた。
死ねない肉体を晒し、自らの血と痛みを撒き散らす僕の背後で、凄惨な惨劇の幕が上がろうとしていた。




