第十七話 地下の囁き
旧王都の地下深く、かつて水道網として使われていた暗く湿った大空洞。
崩落した石造りの天井から絶え間なく雫が落ち、ピチャン、ピチャンと不気味な水音を響かせていた。
「ハぁ……ハぁ……」
僕は壁に手をつき、湿った石肌に身を預けた。
頭が割れるように痛い。『変形修復』の反動による血圧の急激な変動と貧血が、僕の神経を絶え間なく苛み続けている。
第7収容施設を脱出し、廃墟となった旧王都の地下へ潜り込んでから二日。
地上では、異端審問官ヴァルターの手下と思われる教団兵たちが、血眼になって僕を捜索している気配があった。彼らの追撃を交わしながら地下へ潜る道中、遭遇したゴブリンの群れや教団の斥候を数人、自傷による「血弾」と「骨棘」で処理してきた。
(一般スキル『身体強化』を持つ相手でも、意図しないタイミングで肉体から飛び出す骨の刃なら……相打ち覚悟で穿てる)
自分の右肘から生え出た、いびつに曲がった白い骨の刺を見つめる。
修復の途上で骨の再結合を強引に歪め、皮膚を突き破らせて固定した異形の武器。
当然、肘を曲げることすらできず、骨折と肉の裂傷が持続する耐え難い激痛が絶え間なく脳を焼き続けている。
だが、今の僕にとってこの激痛は、自分がまだ正気と狂気の狭間に踏みとどまっていることを示す唯一の標でしかなかった。
バキッ。
僕は左手で右腕の骨棘を力任せに折り折った。
「ぐっ……あ、ガっ……!?」
悲鳴が途切れ、口から赤黒い血塊がこぼれ落ちる。
へし折られた骨が再び『我が至高なる存在』の力によって激痛とともに元の位置へと引き寄せられ、皮膚の傷口が強引に縫い合わされていく。
痛みで視界が真っ白に染まる中、僕は前へ足を踏み出した。
その時だった。
「……誰だ」
闇の奥から、乾いた低い声が響いた。
暗がりから姿を現したのは、ボロ布のような外套を羽織った男たちだった。
手にしているのは粗悪な鉄くずの剣や、先端の欠けた槍。身に纏う魔力は弱く、教団の精鋭やヴァルターとは比べるべくもない。
「教団の犬か……? いや、その血の臭い……まさか、噂に聞く施設を爆破して逃げた『怪物』か!?」
男たちが警戒露わに武器を構える。
その眼光には、強い恐怖と、それ以上に深い憎悪が宿っていた。
「……僕は教団の犬じゃない」
僕は感情の籠もらない冷えた声で答えた。
「教団を追われているだけだ。邪魔をするなら……殺す」
短剣を握り直し、自らの掌に刃をあてる準備をする。
だが、男たちの先頭に立っていた片目の男が、僕の異様な立ち姿と、全身から漂う生臭い血の臭気を感じ取り、ゆっくりと武器を下ろした。
「待て……争うつもりはない。俺たちは『レジスタンス』……聖導教団に街を追われ、身を潜めている者たちだ」
片目の男が、探るような視線で僕を見つめる。
「少年……いや、『傲慢』の宿主よ。お前、教団本部へ向かう水上都市『レヴィア』への道を探しているんじゃないか?」
レヴィア。
かつて文献で読んだ、教団の補給路にして、巨大な湖の上に築かれた水上都市。
そして——僕の記憶が正しければ、そこに次なる大罪者、【嫉妬】が潜んでいるはずの場所だった。




