第十五話 崩壊の序曲と冷たい仮面
暗く湿った石造りの地下室。
鉄の臭いと、焦げ付いた肉の臭いが充満するその場所で、僕の悲鳴は連日響き渡っていた。
教団本部地下、第7異端収容施設。
そこに置かれた鉄の台に拘束され、僕は毎日、狂気の実験と解体を受け続けていた。
「素晴らしい……! 首を斬り落としても、聖楔で修復を阻害した状態のまま、概念そのものが存在を保持しようとしている!」
白衣を着た教団の研究者たちが、瞳を爛々と輝かせて僕の胸部を切り開く。
彼らは一般的な『治癒魔法』や『解析スキル』を駆使し、僕の『我が至高なる存在』の仕組みを解明しようと、肉を削り、骨を砕き、内臓を引っ張り出し続けた。
「あ……がぁ……っ、ぁ……」
声はすでに擦れ、絶叫すら満足に出ない。
四肢と内臓に打ち込まれた『聖楔』のせいで、修復のエネルギーと阻害の力が体内で絶え間なく衝突し、一秒たりとも激痛が絶えることはなかった。
「おい、次の実験体を持ってこい」
研究者の呼び声に応じ、隣の檻から引きずり出されてきたのは、僕と同じように捕らえられた10歳にも満たない少女だった。
「やめて……おねがい、助けて……っ!」
泣き叫ぶ少女の胸元に、研究者はあっさりとナイフを突き立てる。
『傲慢』の修復能力が他者に伝播・影響するかを確かめるための、無意味で凄惨な実験。少女は短い悲鳴を上げ、僕の目の前でぴくぴくと痙攣しながら息絶えた。
まただ。
また僕の目の前で、誰も悪くない人たちが、僕が存在しているというただそれだけの理由で殺されていく。
(ああ……そうか)
激痛で焼き切れた脳の奥底で、何かが静かに、けれど決定的に音を立てて砕けた。
この世界に、僕を救ってくれる温もりなんて最初から存在しない。
誰かと関わり、心を通わせようとするから、その度に奪われ、踏みにじられ、絶望するのだ。
他者を想う心なんて、この過酷な世界ではただの「隙」でしかない。
——我が存在を縛り、汚すか。
——無知なる愚者ども。その不遜、存在の崩壊をもって贖え。
【ユニークスキル:『我が至高なる存在』——概念干渉・強制連動】
「が……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
僕は自分の体内に溜め込まれていたすべての修復エネルギーを、体内の『圣楔』ごと爆発的に解放した。
元に戻ろうとする概念の絶対的な引き込みの力を、自分を拘束する鉄台、床の石畳、そして研究者たちの肉体へと無理やり概念レベルで「連動」させる。
「な、なんだ!? 空間が……歪んで——!?」
ドッ!!!!!
強烈な爆縮音。
僕の肉体が強引に『聖楔』を破砕して修復される衝撃と連動し、実験室の壁や天井、そして研究者たちの身体が一瞬で内側へとへしゃげ、爆破されたように弾け飛んだ。
肉片と石片が混ざり合う惨劇の中、僕は血みどろのまま鉄台から起き上がった。
四肢の傷口が瞬時に塞がり、失われた血が激痛とともに全身を駆け巡る。
だが、僕の心はもう、あの激痛に叫んでいた頃の僕ではなかった。
「……助けて……」
崩落した瓦礫の陰で、まだ息のあった別の実験体の少年が、血を吐きながら僕へ手を伸ばしてくる。
「……」
僕は一瞬だけその少年を見つめ、そして、黙って背を向けた。
手を差し伸べれば、また同じ惨劇が繰り返される。
僕が誰かを救おうとすること自体が、この世界における呪いなのだ。
「ごめんね」
冷たく冷え切った声が、僕の口から漏れた。
そこに以前のような葛藤や情けはもうなかった。
感情を殺せ。心を殺せ。
ただ己の死ねない肉体と激痛だけを武器に、この理不尽な世界を踏み越えていく怪物になれ。
僕は血塗られた施設をあとにし、冷たい雨が降り注ぐ夜の街へと、一人静かに歩み出した。




