第十二話 『剣聖』の領域
「あ……あぁ……っ」
目の前に転がる、さっきまで僕を心配してくれていた傭兵たちの肉片。
足元を濡らす温かい血の海。
「逃げろと言ったのに……関わるなと言ったのに……っ!」
絶望と激痛、そして抑えきれない怒りが混ざり合い、喉からかすれた悲鳴が漏れる。
だが、異端審問官ヴァルターは表情一つ変えず、血の付着していない細身の剣をゆっくりと静かに構えた。
「無意味な悲嘆だな。この者たちの死は、大罪の芽を抱えた貴様がここに存在していたという、ただそれだけの因果に過ぎん」
淡々とした冷徹な声。
ヴァルターの全身から放たれる気配は、これまで戦ってきた一般兵やゴブリンとは次元が違っていた。
洗練された立ち姿。無駄の一切ない魔力の脈動。彼が手にする剣には、静かに威力を高める青白い光が揺らめいている。
これが、一般スキルを極限まで鍛え上げた『剣聖』の領域——。
「が、あぁぁぁぁッ!!」
僕は右手の平を力任せに爪で引き裂いた。
溢れ出る血に、激痛に耐えながら意識を叩きつける。貧血で視界が黒く揺らぐのも構わず、修復のエネルギーを強引に逆位相へ捻じ曲げ、圧力を限界まで高めた。
『変形修復・血弾』!!
ドパンッ!!
至近距離から放たれた超高圧の血の弾丸が、空気を引き裂いてヴァルターの胸元へと一直線に肉迫する。
だが。
シュンッ、と微かな風切り音。
「な……ッ!?」
ヴァルターは半身をわずかに引いただけで、僕の放った血弾を紙一重でかわしていた。
それどころか、弾丸の軌道すら完全に予知していたかのように、彼の瞳には驚きすら浮かんでいない。
「速さも殺気も生半可。血を撃ち出す直前の高圧化による体動のブレ、魔力ではなく生体エネルギーの異常な集中……見切り易すぎる」
ヴァルターの声が、僕の耳元で聞こえた。
いつの間にか、視界から彼の姿が消えていた。
「——まずは、その不快な撃ち足を削ぐ」
冷ややかな呟きとともに、刃が閃く。
スパッ。
「あ」
声が出るよりも早く、僕の両足が膝の下から切断された。
浮遊感。続いて、泥と血の中に全身から突っ込む激しい衝撃。
「ガあぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
遅れて襲い来る、両脚を切り落とされた激痛。
切断面から勢いよく噴き出す血が、泥を赤く染めていく。
「ぐ、ぁ……っ! 痛い、痛い、痛いッ!!」
「『我が至高なる存在』……絶大なる概念修復か。だが、修復が完了する前に肉体を刻み続ければどうなる?」
ヴァルターが静かに見下ろしながら、再び細身の剣を振り上げた。
剣身に宿る青白い光が、さらに苛烈に輝きを増す。
一般スキル『連鎖閃光』。
「幾千の微塵切りとなっても、なおその意識を保てるか試してみよう」
雨のように振り下ろされる、無数の刃。
僕の死ねない肉体を、本当の地獄へと突き落とす刻が始まった。




