第三話:魔導汽車リリス号と、ふかし芋の錬金術
東方最大の商業都市、ベル・アーク。その威容を前にして、エリン・アーケインは思わず口をぽかんと開けてしまった。
長きにわたる人類と魔王軍の戦争が終わり、世界は猛烈な人手不足に喘ぎながらも復興への道を歩み始めている。その最前線とも言えるこの街は、エリンの故郷である辺境の村マルグリットとは、文字通り次元が違った。
天を突くような石造りの建造物群。大通りを行き交うのは、立派な馬車や、魔力で浮遊する荷車。そして何より、圧倒的な人の数だ。
人間だけでなく、ドワーフやエルフ、さらにはかつての敵であったはずの魔族の姿までが、同じ市場で声を張り上げて商売をしている。
「すごい……おばあちゃんの古い本で読んだ通り、いや、それ以上かも」
エリンは焦げたベレー帽を深くかぶり直し、身の丈ほどもある錬金術師の杖をぎゅっと握りしめた。
彼女の目的は観光ではない。十六歳の誕生日に、自分のアトリエごと村の九割を大爆発で吹き飛ばす原因となった悪意あるレシピを売りつけた、あの詐欺師の旅人を追うことだ。
元・魔王軍のオーク、ゲンジロウとの奇妙な出会いと別れを経て、エリンはようやくこの大都市へとたどり着いた。
情報が集まる場所といえば、復興の要である『世界復興委員会』の支部をおいて他にない。
エリンは街の中心部にある、ひときわ巨大で立派な建物の扉を押し開けた。
そこが世界復興委員会ベル・アーク支部だった。
中は戦場のような騒ぎだった。書類の束を抱えた職員たちが走り回り、あちこちで怒号や嘆願が飛び交っている。
「すいません!あの、人を探しているんですけど!」
受付のカウンターから身を乗り出し、エリンは声を張り上げた。対応に追われていた中年の受付係が、チラリとエリンを見て眉をひそめた。
「迷子なら詰所の衛兵に言いなさい。こっちはそれどころじゃないんだ」
「迷子じゃありません!私は錬金術師です、数日前にここを通ったはずの怪しい旅人の乗客記録か、行き先の情報を調べてもらえないでしょうか。私、そいつに村を吹き飛ばされて……」
「あのねえ、お嬢ちゃん」
受付係は苛立たしげにペンを置いた。
「乗客記録は委員会の機密情報だ。どこの馬の骨ともわからない、田舎から出てきた子供に見せるようなものじゃない。錬金術師を名乗るなら、ギルドの特級認定証でも持っているのかい?」
「そ、それは……これから取るつもりですけど」
「だったら出直してきな。ただでさえ今、郊外の鉄道工事の件で上層部はピリピリしてるんだ。お遊びに付き合っている暇はない!」
しっしっ、と犬を追い払うような仕草をされ、エリンは唇を噛み締めた。
十六歳の少女という見た目と焦げた服。どう見ても凄腕の錬金術師には見えないのは自分でも分かっている。
だが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
「ちょっと待って!その鉄道工事の件、私が手伝ったら、情報を教えてくれますか!?」
エリンの叫び声に、奥で図面を睨みつけていた恰腹の良い男が顔を上げた。彼は世界復興委員会の現場監督であり、ベル・アークのインフラ整備を取り仕切る責任者だった。
「おいおい、冗談はよしてくれ。今、俺たちが抱えている問題がどれだけ深刻か分かっているのか?」
現場監督は重い足取りでエリンの前にやってくると、目の下に濃い隈を作った顔で凄んだ。
「復興の目玉である『魔導汽車リリス号』が、ついにこの街の郊外に到着したんだ。だというのに、列車を迎え入れるための駅舎や、周辺のインフラ整備が全く進んでいない!
労働者たちは過労で次々と倒れ、現場は完全にストップしている。
さらに悪いことに、進行ルート上には質の悪い野盗団が居座ってやがる。
このままじゃ、世界を繋ぐはずの鉄道がこの街で立ち往生だ」
監督はエリンの大きな杖を鼻で笑った。
「本当に腕の立つ錬金術師だというなら、この人手不足と治安の悪化をどうにかしてみせろ。
できもしないなら、とっとと家に……あぁ、家は吹き飛んだんだったか。同情はするが、邪魔だ」
エリンの瞳に、負けん気の火が灯った。
「言いましたね?私がその問題を全部解決したら、あの詐欺師の情報を教えてもらうし、特別
協力者として登録もしてもらいますからね!」
エリンは受付のカウンターをドンッと叩くと、監督が止めるのも聞かず、鉄道の建設現場があるという郊外へと走り出した。
ベル・アークの郊外。そこには、エリンの想像を絶する光景が広がっていた。
「な、なにこれ……すっごく……黒い」
未完成の駅舎の向こう側。荒野の中に鎮座していたのは、山のように巨大な鋼鉄の塊だった。
濡れたような漆黒の金属ボディには、血管のように赤いラインが明滅している。前面には猛獣の顎を模した巨大な排障器が取り付けられ、そびえ立つボイラーからは、妖しく揺らめく紫色の煙が絶え間なく吐き出されていた。
それは、かつて魔王軍が誇った広域殲滅用移動要塞『魔導戦車リリス』。
現在は武装を解除され、世界復興のために物資と人を運ぶ『魔導汽車リリス号』として生まれ変わった、平和の象徴である。
しかし、その威圧感は未だに周囲の空気を震わせていた。
だが、その勇姿とは裏腹に足元の状況は悲惨だった。
建設中のプラットホームには資材が散乱し、ドワーフや人間、オークなどの屈強な労働者たちが、泥のように倒れ伏している。
戦争による絶対的な人手不足の中、休みなしで働かされた結果、彼らの体力と魔力は完全に底を突いていたのだ。
そこへ、漆黒の列車から二つの人影が降りてた。
「現場監督さん!状況はいかがですか?」
声をかけてきたのは、場違いなほど綺麗にアイロンがけされた紺色のスーツ、いや制服を着た人間の青年だった。頭には金色の刺繍が入った制帽を被り、柔和な営業スマイルを浮かべている。
彼こそが、異世界ニホンから召喚されたリリス号の車掌、若葉一利だった。
その後ろから黒いゴシック調のドレスに車掌用ベストを羽織った、銀髪で褐色の肌を持つダークエルフの少女が続く。車掌見習いのリュシアだ。彼女は大きな眼鏡を押し上げ、手元のバインダーに何かを書き込みながら冷徹に言い放った。
「若葉、労働者の疲労度は限界値の98パーセントを超えている。筋肉の乳酸値と魔力枯渇の兆候から見て、彼らが自力で立ち上がるには最低でも一週間の休養が必要だ。つまり、インフラ整備の完了見込みは『当面不可』。このままでは運行計画に著しい遅延が生じるぞ」
「ううっ、そんな身も蓋もない……」
後から追いついてきた現場監督が、リュシアの容赦ない分析を聞いてその場に崩れ落ちた。
「おしまいだ。中央委員会から大目玉を食らう……」
若葉は困ったように眉を下げた。
「なんとかなりませんか? リリス号は『自動架橋魔法』で光のレールを生成して走るため、物理的な線路は不要ですが、駅舎の魔力供給ポイントが完成しないと、この先の長距離運行のための魔力が足りなくなってしまいます。
それに、この先のルートを野盗が塞いでいると聞いていますが……」
「お客様を危険な目に遭わせるわけにはいかない」という若葉の言葉に、監督は無言で首を振
るしかなかった。
「あのー、ちょっといいですか!」
その重苦しい空気を切り裂くように、エリンが二人の間に割って入った。若葉が驚いて目を丸くする。
「えっと、君は?」
「私は錬金術師のエリン・アーケインです!現場監督さん、さっきの約束、忘れてませんよね。私がこの人たちを元気にして、野盗も追い払ったら、詐欺師の情報をくれるって!」
「おいおい、本気でついてきたのか。いくらなんでも子供の手に負える事態じゃ……」
監督が制止しようとするのを無視し、エリンは背負っていた巨大な杖を地面に突き立てた。
そして、腰のポーチからあるものを取り出した。
それは、土のついた、無骨で立派な『芋』だった。元・魔王軍のオークであるゲンジロウから別れ際に大量に貰ったものだ。
「錬金術は壊すためじゃない。生み出して、人を助けるためにある。……おばあちゃんの言葉、今こそ証明してみせるわ!」
エリンは現場に放置されていた巨大な炊き出し用の鉄鍋を綺麗に洗い、湧き水を張った。
そして、持ち歩いていた数種類の薬草と、ゲンジロウの芋を素早く切り分けて放り込む。
「ただの料理じゃないわ。これは、錬金術の『成分抽出』と『魔力圧縮』の応用よ」
エリンは杖の先端を鍋の下に潜り込ませ、自身の魔力を炎に変換して加熱を始めた。
その様子を、ダークエルフのリュシアが食い入るように見つめていた。
彼女の眼鏡の奥の瞳が、驚愕に見開かれる。
「……信じられん」
リュシアは震える声で実況を始めた。
「あの少女、芋に含まれるデンプン質と大地の魔力を分離し、薬草のアルカロイド成分を触媒にして、極限まで高密度の魔力回復成分へと再結合させている!火加減も、魔力の波長制御も完璧だ。
成分の配合比率に至っては、芸術的ですらある……。一体何者なんだ、あの人間は!?」
専門家(?)であるリュシアの興奮ぶりに、若葉と現場監督も顔を見合わせた。
どうやら、ただの子供のおままごとではないらしい。
数分後。鍋の蓋を開けると、黄金色に輝く湯気と共に、暴力的なまでに食欲をそそる甘い香りが現場一帯に広がった。
「完成!特製『奇跡のふかし芋』よ! さあ、みんな食べて!」
香りに誘われ、ゾンビのように起き上がってきた労働者たちがふかし芋に群がった。
一口食べた瞬間、彼らの瞳にカッ!と眩い光が宿る。
「う、おおおおおおおおっ!?」
ドワーフの筋肉が風船のように膨れ上がり、オークの皮膚に艶が戻り、人間の労働者たちの全身から闘気のようなオーラが立ち上った。
「力が……力が湧いてくるぞォォォッ!!」
「なんだこの芋は!疲れが全部吹っ飛んだ!むしろ昨日より元気だぜ!」
「よっしゃあ!仕事だ仕事!駅舎なんて五分で建ててやるゥ!」
奇跡のふかし芋を食べた労働者たちは、すさまじい熱気とスピードで作業を再開した。
ハンマーが残像を残して振るわれ、重い鉄骨が羽毛のように運ばれていく。
滞っていた駅舎と周辺インフラの建設は、瞬く間に形を成していった。
「……驚きました。本当に錬金術師だったんですね、エリンさん」
若葉が感嘆の声を漏らし、現場監督は開いた口が塞がらないままコクコクと頷いていた。
インフラの問題は解決した。残るは、リリス号の進行ルートを不法占拠している野盗団の排除だ。
若葉は表情を引き締めた。
「野盗の数は約三十人。強力な武器を持っているようです。お客様を乗せたまま強行突破すれば流れ弾で被害が出るかもしれない。……僕が交渉に行ってみます」
「待って」
エリンが若葉の腕を掴んだ。
「交渉なんて通じる相手じゃないわ。それに、これも私の仕事に入ってるの。……私がやるわ」
エリンの脳裏に、村を吹き飛ばした強烈な火属性のトラウマがよぎる。手が微かに震えた。
しかし、彼女は杖を強く握り直し、深呼吸をした。
(私の錬金術はもう間違えない。祖母の知識は、正しく使えば誰も傷つけずに道を切り拓けるはずよ)
エリンは現場に余っていた硝石と、魔法鉱石の屑、そしてスライムの粘液をかき集めた。それらを小瓶の中に絶妙なバランスで配合し、魔力で封を施す。
「若葉さん、リリス号をゆっくり前進させて、彼らを威嚇してください。私が隙を作ります」
「わかりました。……気をつけてくださいね」
若葉の合図で、リリス号が重々しい汽笛を鳴らした。ポォォォォォォッ!という竜の咆哮のような音が響き、紫色の煙を吐き出しながら、漆黒の車体が野盗たちの拠点へとゆっくりと迫っていく。
「ヒィッ!な、なんだあの化け物みたいな汽車は!」
「構うな!撃て、撃てェ!」
野盗たちがパニックになりながら弓や魔法を構えた、
その瞬間。
エリンが岩陰から飛び出し、手作りの小瓶を彼らの陣地のど真ん中へと全力で投げつけた。
「みんな、目を閉じて耳を塞いで!」
エリンの叫びと同時に、小瓶が地面に砕け散る。
ピシャァァァァァァァァンッ!!!!
爆発の威力を完全にゼロに抑え込み、光と音のエネルギーだけに全振りした『威嚇用・非致死性スタングレネード』が炸裂した。
真昼の太陽が地上に落ちたかのような強烈な閃
光と、鼓膜を揺らす轟音が野盗団を包み込む。
「ぎゃああああああっ!目が、目がぁぁぁっ!」
「耳がキーンってするぅぅぅ!」
一切の血を流すことなく、野盗たちは武器を取り落とし、地面を転げ回って完全に戦意を喪失した。そこへ、リリス号の威圧感たっぷりの車体が迫り、排障器から放たれたマナの光が、野盗たちを避けるようにして半透明の光のレールを自動生成していく。
勝負は一瞬だった。野盗団は涙と鼻水を流しながら白旗を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
リリス号が走るためのルートは、こうして完全に確保されたのだった。
数時間後。完成したばかりのベル・アーク駅のプラットホーム。
「エリン先生! いや、エリン大先生! 先ほどは子供扱いして本当に申し訳ありませんでした!」
現場監督が地面に額を擦り付ける勢いで土下座していた。
彼はエリンの八面六臂の活躍を絶賛し、即座に彼女を世界復興委員会の『特別協力者』として正式に登録したのだった。
「約束通り、委員会の情報網を叩いて調べました。
あなたを騙した詐欺師の旅人ですが……数日前にこの街を立ち、鉄道がまだ開通していない『南の未開拓な山岳地帯』へ向かったという確かな記録がありました!」
「南の山岳地帯……わかったわ。ありがとう、監督さん!」
エリンの表情がパッと明るくなる。ついに、仇の尻尾を掴んだのだ。
そこへ、出発準備を終えた若葉とリュシアがやってきた。リリス号は、ボイラーから力強い紫色の煙を吐き出しながら、西の中央都市へ向かう準備を整えている。
「エリンさん、今回は本当に助かりました。乗客の安全と定時運行を守れたのは、あなたのおかげです」
若葉は最高の営業スマイルを浮かべ、深く頭を下げた。そして、制服のポケットから一枚の切符を取り出し、エリンに手渡した。
「これはサンズグリーズ鉄道の『特別乗車パス』です。
リリス号はこれから西へ向かうので、南へ行くエリンさんとはここでお別れですが……いつか、エリンさんの行く先にも、必ずこのリリス号の線路が繋がる日が来ます。
その時はぜひ、お客様としてご乗車ください」
「若葉さん……」
エリンは受け取った切符を、胸の前で大切に両手で包み込んだ。それは、彼女の錬金術が世界に認められ、誰かの役に立ったという確かな証だった。
「キミの錬金術のデータ、大変有意義だった。非致死性のエネルギー変換プロセス、いつか論文にまとめさせてもらうぞ」
リュシアが眼鏡をクイッと押し上げながら、珍しく満足げな笑みを浮かべる。
「ええ、ありがとう!二人も、気をつけてね。最高の鉄道の旅を!」
ポォォォォォォォォッ!!
リリス号が高らかな汽笛を鳴らした。車輪が回転し、光のレールの上を滑るようにして、巨大な鉄の獣が西の空へと走り出していく。
エリンは、プラットホームの端でいつまでも手を振っていた。遠ざかるリリス号の姿が見えなくなっても、世界が確実に復興へと動いているその熱気は彼女の肌にしっかりと残っていた。
「よしっ!腹も膨れたし、名誉も挽回した!待ってなさいよ、詐欺師の旅人!」
エリンはベレー帽をかぶり直し、祖母の杖を力強く握りしめた。彼女自身の旅路もまた、次なる目的地である『南の山岳地帯』へ向けて、新たな一歩を踏み出したのだった。




