5層の主、ゴブリン・エリート(前編)
第6話をご覧いただきありがとうございます。
5層の主、ゴブリン・エリート。
それは、これまで戦ってきた雑魚とは次元の違う「本物の怪物」でした。
鋼の剣が悲鳴を上げ、剛の盾が砕け散る寸前。
絶体絶命の窮地で、湊の『熟練度』が異常な脈動を始めます。
二話構成でお送りするボス戦、その前編です。
地響きと共に開かれた石扉の先。そこは、これまでの狭い通路とは対照的な、円形の巨大な闘技場のような空間だった。
中央に鎮座していたのは、もはや「小鬼」という呼称が似合わないほど巨大な異形。
5層の主――ゴブリン・エリート。
その巨躯は二メートルを優に超え、全身には歴戦の証である古傷が刻まれている。身に纏うのは、倒した探索者から剥ぎ取ったのであろう、血に汚れた継ぎ接ぎのプレートアーマー。そしてその手には、湊の胴体ほどもある巨大な肉切り包丁が握られていた。
「……あはは。剛さん、これ、あらすじよりずっと強そうだよ」
湊は頬を引き攣らせ、少しだけおどけたように笑った。
だが、その瞳には笑いなど微塵もない。手に持つ鋼鉄のロングソードが、ボスの放つ圧倒的な魔圧に反応するように、微かに震えていた。
「……笑ってる場合か湊さん! こいつ、間違いなく適正レベルを超えてやがる!」
真壁剛がタワーシールドを構え、最前線に躍り出る。
その瞬間、エリートの濁った黄色い瞳が二人を捉えた。
「ギギャァァァアアアッ!!」
鼓膜を直接引き裂くような咆哮。
直後、エリートの巨体が「消えた」。
「しまっ――」
ドォォォォォンッ!
真壁の叫びを遮るように、爆音と火花が散った。
エリートの肉切り包丁が、真壁の構えた盾に真っ向から叩きつけられたのだ。
体重100キロを超える真壁の巨体が、足裏を床に擦りながら後方へ数メートルも弾き飛ばされる。
「がはっ……!? くそっ、なんだこの、馬鹿力……っ!」
真壁の腕が激しく震え、盾の表面には深い亀裂が走っていた。
「剛さん! 退がって!」
湊は真壁の影から飛び出し、エリートの側面に回り込む。
レベル5へと至った敏捷性を最大限に引き出し、最速の踏み込みで鋼鉄のロングソードを振り抜いた。
だが、エリートは振り返りもせず、空いた左手の拳を湊の腹部へと叩きつける。
「――っ!?」
湊は瞬時に剣を盾にし、衝撃に備えた。
ゴンッ、という鈍い音。
たった一発の拳。それだけで、湊の身体は木の葉のように宙を舞い、広間の壁へと叩きつけられた。
「カハッ、……ぁ……」
肺から空気が強制的に追い出される。視界が白く明滅し、内臓がひっくり返ったような激痛が走る。
レベル5に上がり、身体能力が向上したはずなのに、そのアドバンテージを嘲笑うかのような暴力の差。
――【警告:対象とのレベル差が大きすぎます。生存確率、著しく低下】
脳内に響く無機質なアラート。
しかし、その絶望のメッセージの直後、湊の網膜を黄金色のテキストが埋め尽くした。
――【格上との死闘を検知。熟練度の獲得制限を解除します】
――【現在、異常成長状態に移行】
【熟練度が0.05%上昇しました。現在の熟練度:1.36%】
【熟練度が0.08%上昇しました。現在の熟練度:1.44%】
(……な、んだ……これ……?)
一撃を受けるたび。一撃をかわすたび。
湊の脳に、筋肉に、神経に。エリートの動き、力の流動、そして「自分がいかにして死ぬか」という予測が、猛烈な勢いでフィードバックされていく。
死を覚悟するほどの暴力。それが、皮肉にも『極・剣術』をかつてない速度で覚醒させていた。
「湊さん! 無事か!?」
真壁が再び盾を突き出し、エリートの追撃を遮る。
肉切り包丁の連撃が盾を削り、真壁の口端からは血が漏れていた。彼は、湊が立ち上がるための時間を稼ぐためだけに、己の肉体を盾にしていた。
「……湊さん……逃げろ! 俺が、俺がこいつを止めてる間に……!」
「……何、言ってるんだよ」
湊は、口の中の血を吐き捨て、ふらつきながら立ち上がった。
全身の骨が悲鳴を上げている。心臓は爆発しそうなほど高鳴り、視界の端は赤く染まっている。
普通なら、ここで心が折れる。
だが、湊の顔には、不思議なほど人懐っこい、それでいて狂気すら孕んだ「野心家」の笑みが浮かんでいた。
「一人で帰ったら、蓮と結衣に、なんて言い訳すればいいのさ……」
湊は、折れかけたロングソードを構え直した。
【熟練度が0.10%上昇しました。現在の熟練度:1.54%】
エリートが再び、咆哮を上げて真壁を蹴り飛ばした。
真壁のタワーシールドは、ついに半分に割れ、彼は無防備な状態で床に転がる。
エリートが肉切り包丁を高く掲げた。その一撃が振り下ろされれば、真壁の命は確実に終わる。
「やめろぉぉぉぉ!」
湊が叫び、飛び込む。
エリートの視線が、再び湊へと向けられた。
肉切り包丁の軌道が変わり、湊の脳天を目掛けて振り下ろされる。
回避は不可能。
受け流しも、今の精度では腕ごと叩き潰される。
だが、湊の視界には、加速し続ける熟練度の果てに、一本の「光の筋」が見えていた。
【現在の熟練度:1.95%】
【現在の熟練度:1.99%】
(……見えた。これが、正解だ……!)
湊の剣が、エリートの凶刃に向かって吸い込まれるように伸びた。
しかし、その激突の直前。
キィィィィィィン! と、かつてないほど鋭く不快な音が広間に響き渡る。
「……あ、……」
湊の持つ鋼鉄のロングソードが、エリートの怪力に耐えかね、中央から無残に弾け飛んだ。
武器の消失。
割れた盾。
ボロボロの二人。
そして、目の前には、傷一つ負っていない5層の王。
「ギ、……ギギギ……」
エリートが嘲笑うように口を歪める。
真壁は床に伏し、湊は折れた剣の柄を握ったまま、ただ立ち尽くす。
絶体絶命。
だが、湊の瞳の中で、熟練度の数字が、ついに「ある閾値」を突破しようとしていた。
【熟練度が2.00%に到達しました――】
物語は、最悪の窮地から、一気に加速する。
【第6話:後書き】
第6話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
圧倒的なゴブリン・エリートの暴力の前に、武器も防具も失い、
ボロボロに追い詰められた湊と剛。
しかし、死線の中で加速する『熟練度』が、ついに一つの境界線に到達します。
【第6話終了時点:ステータス】
名前:佐藤 湊(日本ランク:321,438位 / 世界ランク:圏外)
レベル:5(経験値:79 / 次まで 80exp)
職業:未設定
スキル:【極・剣術】熟練度:2.00%
・派生技:受け流し
武器:鋼鉄のロングソード(破損・使用不能)
防具:汎用ポリエステル防護服(耐久度限界)
資産:12,800円
次回、第7話「逆転の極み・2.00%の奇跡」。
折れた剣を握る湊に、何が起きるのか。
ボス戦、完全決着です。お楽しみに!




