最強の盾と最速の剣
【第5話:前書き】
第5話をご覧いただきありがとうございます。
折れた安物の剣から、鋼鉄の重厚な刃へ。
レベル5へと至り、基礎体力が向上した湊にとって、
この新しい獲物は「世界を切り開く翼」となります。
真壁という相棒を得て、ソロでは不可能だった「攻めの戦術」が解禁。
二人の凸凹コンビが、5層の生態系を塗り替えます。
ずしり、とした確かな重量感が右腕に伝わる。
真壁から譲り受けた『鋼鉄のロングソード』は、これまで湊が使っていた使い捨て同然のショートソードとは、その成り立ちからして違っていた。
刀身は曇りのない鋼で打たれ、重心は完璧に計算されている。安物の「叩き切る」ための鉄の棒ではなく、これは明確に「屠る」ために鍛え上げられた一振りだ。
(重い……だが、今の俺なら振り回せる)
湊は軽く正眼に構え、その感触を確かめる。
レベル5への到達。たった「2」のレベル差だが、底辺探索者にとってのLv.3とLv.5の間には、明確な実力の断絶がある。心臓の鼓動は力強く、視界は以前よりも広く、そして何より全身の筋肉が効率的に連動しているのを自覚できた。
レベルアップによる基礎能力の向上と、『極・剣術』による最適化。この二つが噛み合うことで、湊の身体はもはや一般人の域を完全に脱しつつあった。
「……湊さん、本当にその剣、使いこなせるのか? 俺が持つと、重くてまともに振れなかったんだが」
背後でタワーシールドを構え直しながら、真壁が心配そうに声をかけてくる。
真壁のステータスは「耐久」と「筋力」に特化しているはずだが、彼には「技術」が決定的に欠けていた。重いものをただ振り回すのと、重さを利用して鋭く放つのは、似て非なるものだ。
「大丈夫だ。むしろ、このくらいの重さがないと今の俺の踏み込みには耐えられない」
湊が前方の通路を見据えると、そこには5層の広範囲を巡回する「ゴブリン・スカウト」の集団がいた。数は四匹。しかし、1層のスライムを狩るような単純な動きではない。彼らは岩影を利用し、こちらを翻弄するように散開し始めた。
「真壁さん、戦術を決めよう。あんたは俺の背中を守るんじゃない。俺の『前』に立って、敵の注意を引きつけてくれ」
「えっ、前に!? でも、俺は攻撃が苦手で……」
「それでいい。あんたの盾は、5層のゴブリン程度じゃ抜けない。あんたが『壁』になって、一瞬でも敵の動きを止めれば、あとは俺が全部片付ける」
それは、ソロ探索者だった湊が初めて口にした「連携」の言葉だった。
真壁は一瞬たじろいだが、湊の迷いのない瞳を見て、腹をくくったように深く頷いた。
「……分かった。あんたを信じる。俺は文字通り、あんたの『壁』になってやるよ!」
「行くぞ!」
湊の合図とともに、真壁が雄叫びを上げて突進した。
ドゴォォォォン! と、巨大な盾が先頭のゴブリンに激突する。
真壁に技術はない。だが、その巨体から繰り出される突進力は、まさに動く要塞だ。激突されたゴブリンは木の葉のように吹き飛び、背後の壁に叩きつけられた。
「ギギィッ!?」「ギャッ!」
残りの三匹が、怒りに顔を歪めて真壁の盾に群がる。棍棒が、爪が、盾の表面を激しく叩く。
真壁はその衝撃に耐え、歯を食いしばって盾を固定した。
「今だ、湊さんッ!」
(――見えた)
湊は、真壁の影から爆発的な加速で飛び出した。
レベル5の脚力が床を蹴り、一瞬でゴブリンの懐へと潜り込む。
これまでは『受け流し』で敵の攻撃を待つのが精一杯だった。しかし、今は違う。真壁という盾が敵を固定している今、湊は最大効率の「攻め」に転じることができる。
鋼鉄のロングソードが、空気を切り裂く鋭い音を立てた。
ヒュンッ、という短い音。
それは1層のショートソードでは決して出せなかった、高密度の斬撃音だ。
一閃。
盾に張り付いていたゴブリンの胴体が、斜め一文字に真っ二つに両断された。
断面から魔力が霧となって溢れ出す。
【熟練度が0.005%上昇しました。現在の熟練度:1.295%】
(……やっぱり上がりにくくなってる。一匹倒してこれか)
あらすじ通り、熟練度の上昇量は目に見えて鈍化していた。
しかし、湊の心に焦りはない。一撃の威力、精度、そして手応え。そのすべてが昨日までの自分を遥かに凌駕しているという確信がある。
「あと二匹!」
湊は止まらない。
崩れ落ちる一体目を踏み台にし、二体目の頭上へ。
鋼鉄の重みを利用した、垂直の唐竹割り。
ゴブリンが構えた粗末な棍棒ごと、その頭蓋を真っ二つに叩き割る。
残った最後の一匹が、恐怖に顔を引きつらせて逃げようとした。
だが、湊の背後から真壁が盾を突き出し、その退路を完璧に塞ぐ。
「逃がすかよ!」
「終わりだ」
湊の剣が、ゴブリンの背後から心臓を正確に貫いた。
静寂が訪れる。
広間に残されたのは、深い溜息を吐く真壁と、新しい剣の重みを噛み締める湊だけだった。
「……すごい。本当に一瞬だったな。湊さん、あんたやっぱり化け物だよ」
真壁は盾を地面に置き、荒い息を整えながら笑った。
その言葉に、湊はかつて自分を「ドリーマー」と嘲笑った探索者たちの顔を思い出した。
もし彼らが今のこの光景を見たら、何と言うだろうか。
「俺一人の力じゃない。真壁さんがああやって敵を固定してくれなきゃ、一撃で仕留めるのは難しかった。……最高の相棒だよ、あんたは」
「相棒……へへっ、良い響きだな」
二人は落ちた魔石を拾い集めた。
5層の魔石は1層の数倍の価値がある。わずか十分足らずの戦闘で、湊が以前一週間かけて稼いでいた額を上回る利益が出始めていた。
しかし、湊の視線はその利益よりも、自分のステータスウィンドウに釘付けになっていた。
【熟練度:1.300%】
(1.3%……。100%まで、あと98.7%。先は気が遠くなるほど長い)
しかも、ダンジョンは深くなるほどその様相を変えていく。
5層の中盤を過ぎたあたりから、通路には「落とし穴」の罠が出現し始め、さらには天井から不意打ちを仕掛けてくる『ジャイアント・スパイダー』などの新しい魔物も確認され始めた。
単なる力押しは、もはや通用しなくなる。
「湊さん、見てくれ。あそこの扉……」
真壁が指差す先。
通路のどん詰まりに、異様な圧迫感を放つ黒い巨大な石扉が鎮座していた。
扉には、二本の剣を交差させた紋章が刻まれ、その隙間からは禍々しい魔力が漏れ出している。
「……5層のエリアボスか」
「ああ。噂じゃ、ここのボスはゴブリンの集団を統率する『ゴブリン・エリート』。ソロで挑んだ探索者の帰還率は三割を切るって言われてる難所だ」
真壁の腕が、わずかに震えている。
だが、湊の瞳には、かつてないほど激しい輝きが宿っていた。
(ボス戦。……そこなら、停滞し始めた熟練度を、再び跳ね上げることができるはずだ)
100万文字の物語。
佐藤湊という男が、世界を買い叩くための「最初の試練」が、その扉の向こうで牙を剥いて待っていた。
「行こう、真壁さん。俺たちの『効率』を、あいつに見せつけてやるんだ」
湊は鋼鉄のロングソードを強く握り締め、黒い扉へと手をかけた。
【第5話:後書き】
第5話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
真壁との見事な連携で、5層の魔物を圧倒した湊。
しかし、物語はまだ序盤の序盤。
熟練度の上昇鈍化という壁にぶつかりながらも、湊はさらなる高みを求めてボス部屋へと足を踏み入れます。
【第5話終了時点:ステータス】
名前:佐藤 湊(日本ランク:321,438位 / 世界ランク:圏外)
レベル:5(経験値:35 / 次まで 80exp)
職業:未設定
スキル:【極・剣術】熟練度:1.30%
・初期派生技:受け流し
武器:鋼鉄のロングソード(Rank:E / 攻撃力+12 / 耐久度 42/50)
防具:汎用ポリエステル防護服(Rank:F / 防御力+2)
資産:12,800円(5層の魔石回収分を追加)
次回、第6話「5層の主、ゴブリン・エリート」。
初めてのボス戦で、湊の『受け流し』が究極の進化を遂げます。
お楽しみに!




