第十章⑤ ソフィーとジャスパー
城壁通路に差し掛かると冷たい夜風が石造りの壁を走り抜け、遠くラド・ド・ブレストに光る波間が揺れているのが目に見えてわかる。
ソフィーの視界は一気に開け、漆黒の空に浮かぶ星々が瞬く。その一角で、ひときわ赤い髪が夜の闇に鮮やかに映えた。
「……ジャスパー?」
ソフィーの思わず声が漏れる。
彼は普段の飄々とした表情ではなく、守るべきものを守る覚悟で引き締まった顔をしていた。通路の端に迫る兵士たちをジャスパーは手際よく無駄のない動きで次々と制圧していく。剣先が夜空に反射し、鋭く煌めく。
ソフィーは足音を立てないよう注意しながらジャスパーの背後を追う。下を覗けば、城の内庭でまだ戦いの残響が響いていた。
すると、ジャスパーがふと振り返り、目が合う。
「ソフィー?」
驚きが浮かんだ口元から、すぐに怒気が混じる。
「んのやろっ!こんな時に守んなきゃいけないやつ増えたんだけど!」
ジャスパーはすぐに剣を構え直し、迫る敵に向かって走り出す。
最後の一振りで通路を片付けると、静寂が戻った。夜風だけが石の壁をかすかに撫でる。
「ソフィー……! 生きていたか!」
久々の再会に、安堵の笑顔が夜の通路に浮かぶ。
「ジャスパー……嬉しいけど、今は喜んでる場合じゃないの!」
「分かってる」
ジャスパーは小さく息を吐く。
「ありがとう……でも、行かなくちゃ。マクシミリアン隊の仲間も、まだここにいる」
夜の静寂の中、ソフィーは再び屋上を目指して足を進める。ジャスパーもすぐさま後ろに続き、通路の闇に二人の影が並んだ。
「ジャスパー。あんたたちがここに来たのは……やっぱり、約束のため?」
ジャスパーは暗い通路の向こうを見つめ、やや遠くを見やるような目で答える。
「マクシミリアンが大元帥を殺して、ルキフェルが殺すって話だろ?」
少し間を置き、口元に苦笑を浮かべながら続けた。
「……あの約束は終わりだ。おれたちは——止めに来た」
ソフィーは目を大きく見開く。
「は? 何それ、どういうこと!?」
「おれたちは、マクシミリアンを止めに来たんだ。復讐をやめさせるために!」
ソフィーの胸に深く突き刺さる。
「……止める? 隊長を?」
「ああ。これ以上の血は流させない」
ジャスパーは一瞬目をそらし、回廊の壁を見つめたまま続けた。
「おれからは、何も言えん。けど……あんたがここにいるだけでおれたちは動ける」
「わかった、私も行く」
「おう、期待してるよ」
だが次の瞬間、ジャスパーの目がソフィーの身軽な姿をスキャンする。
「え……もしかして、そのまま来た?」
「ごめん。急いでて…」
「……後ろにいろ。絶対離れるな」
ソフィーは頷き、ジャスパーの背後にぴたりと付きながら歩み出した。
「じゃあ、行こうか」
ソフィーが一歩を踏み出そうとした瞬間、ジャスパーの手が鋭く腕を掴む。
「待て。やばい、何かが来てる」
足音が響く。重い。鉄を引きずるような音だった。風に混じって、血の匂いがする。
ジャスパーの目が変わった。
「……いるな」
影が揺れた。ソフィーは息を止めた。
「誰だ」
影は止まらず、こちらへ迫ってくる。ジャスパーの剣先がわずかに下がる。
「……なんも言わないなら斬るぞ!」
光が、わずかに差し込んだ。ソフィーの視界が、その輪郭を捉える。
「待って」
ソフィーが思わずジャスパーの腕を掴む。そして、影に向かって一歩、踏み出した。
——その姿は、グウェナエルだった。




