第十章④ ソフィーと海賊たち
ソフィーは捕らえられた仲間たちに駆け寄った。
最初に彼女に気づいたのはジョルジュだ。
「ソフィー……! なんでここに来たんだ!」
彼は縄で縛られたまま、血と汗に濡れた顔に驚きと恐怖を浮かべる。
「ジョルジュ……! 怪我は……」
ソフィーは慌てて膝をつき、手を伸ばす。その刹那、背後から鋭い声が飛んだ。
「触るんじゃない!」
肩を乱暴に引きはがされ、ソフィーは思わずよろめく。振り返ると、イザベルがそこにいた。頬には煤がこびりつき、鋭い眼光がソフィーを射抜く。
「ボナパルト副司令官……?」
「こいつらは捕虜だ!」
イザベルの声は怒気を含み、刃のように研ぎ澄まされていた。
「仲間面するな! 君がどんな顔で見ていようと、結局は——」
その時、縄で縛られたシャルルが静かに口を挟んだ。
「……お言葉ですが、副司令官殿」
皮肉めいた笑みを浮かべ、彼は続ける。
「彼女は計画には関与していません。少なくとも、我々と同じ立場ではなかった」
「なに……?」
「それでも彼女を疑うなら、我々と同じく処分すればいい」
イザベルの眉がぴくりと動いた。シャルルは縛られた腕を揺らし、諦観混じりに肩をすくめる。
「私はただ事実を言ったまでです」
「黙れ!」
イザベルの怒声が中庭に響く。
「そんな言い訳を信じると思うか?」
ソフィーは二人の間で立ち尽くすしかなかった。喉が震えて、声が出ない。
「副司令官、いまはおやめください!」
中庭の奥からアルフォンスが駆けてくる。
「まだ中に敵が残っているんですから!」
「……敵?」
ソフィーは思わず声を上げた。
縛られたままのジョルジュが真っ先に答える。
「隊長だ! 隊長と、グウェナエルさんがまだ城の奥にいる、——このままじゃ全員潰される!」
イザベルの拳が飛んだ。乾いた音が夜気に響き、ジョルジュの頬が跳ねる。縛られた身では受け身も取れず彼は膝をついた。
「余計なことを喋るな!」
ソフィーの胸が一気にざわめいた。マクシムが——まだ、戦っている。
「……あ、ソフィーじゃないか! ソフィー!」
賑やかな声が中庭に割り込んだ。振り返ると、コリン、ニール、マテオの三人が駆けてくる。
「なっ……! あんたたち、なんでここに……?!」
「説明は後!」
コリンが息を切らしながらも叫ぶ。
「とにかく今は大変なんだ、ソフィー!」
ニールが焦りを隠さず言葉を繋いだ。
「マクシムともう一人が大元帥の元へ向かっている! 兵士たちが次々追った。そして——ルキフェルとジャスパーまでが奴らを追って城の奥へ突っ込んでいった!」
マテオが顔をしかめて付け足す。
「でもよ……あの二人はまだ知らねえんだ。オレたち海賊と海軍の間で休戦が結ばれたことを!」
コリンが狼狽えるながら被せてきた。
「だから次に止めるべきは——マクシムたちと、ルキフェルとジャスパーなんだ。知らないままじゃ……本当にみんな、八つ裂きにされる!」
「……行かなきゃ!」
気づけばソフィーの足が動いていた。
「待て、ソフィー!」
イザベルが前に立ちはだかる。
「裏切り者の一味を、単独で城内に行かせるなどあり得ん!」
「心配すんな、副司令官殿!」
マテオがにやりと肩をすくめる。
「オレたちが見張ってりゃ、こいつは変な真似しねえよ」
「そういうこと。ここで足止めしてる暇なんか、ないんだよ?」
ニールの言葉にイザベルの眼差しは鋭いままだったが、状況がそれを許さないことも彼女自身が分かっていた。
ソフィーは一度振り返り、捕縛された仲間たちへ歩み寄った。血に濡れ、疲れ果て、それでもまっすぐに彼女を見返す顔、顔、顔。
「……ごめんなさい」
ソフィーの声が震える。が、すぐにリラが身を乗り出した。
「ソフィー! ……お願い、隊長を止めて! このままじゃ……みんな死んじゃう!」
「俺たちのことは気にするな!」
ダヴィットが怒鳴るように遮った。
「ここで捕まってようが、傷だらけだろうが……生きてりゃなんとかなる。だから今は——おまえだけでも行け!」
鎖で繋がれた仲間たちが一斉に頷いた。苦痛に顔を歪めながらも、その瞳はただソフィーを送り出そうとしていた。ソフィーは涙を振り切るように顔を上げ、まっすぐに仲間たちを見渡した。
「……分かった。必ず、見てくる。……私の目で、最後まで」
イザベルの制止を振り切り、コリン、ニール、マテオと共に城内の暗い廊下へ駆け込んだ。足元の剣を踏み越えるたび、鉄と血の匂いが鼻を刺した。
「くそ……まだ戦いは続いてる!」
ニールが低く唸る。ソフィーは頷きながらも、視線を前に向けた。廊下の奥から、鎖の音や武器がぶつかる金属音が遠く反響している。廊下を抜けた先の螺旋階段を駆け上がるたびに、振動と軋みが城全体に響いた。
「ここから先は……慎重にな」
マテオが低くつぶやく。コリンとニールもうなずき、互いに間合いを確かめながら上がっていく。
その時、後方から足音が迫った。待ち伏せしていた兵士たちだ。剣戟の音が鳴り響く中、コリンが声を張り上げた。
「ここは任せて! 先に行って!」
コリンとニールが同時に前に出る。マテオが舌打ちして続いた。
「しょうがねえな! お前一人でもいけ、あとで合流しよう!」
三人の背中が階段の陰に消えていく。一瞬だけ目が合った。誰も振り返らなかった。
ソフィーは一人で螺旋階段を上がる。振り返ると、もう誰もいない。残っているのは、自分の足音だけだった。
「みんな……大丈夫?」
呟きは石壁に吸い込まれた。それでも、ソフィーは止まらない。
「確かここを抜ければ……外に出られる」
自分に言い聞かせ、目線を上に向け続けた。夜の赤い光が差し込む屋上が、少しずつ現実の輪郭を帯びて見えてくる。
「みんな、絶対に無事でいて」
その想いを胸に、ソフィーは城壁通路へと続く先へ足を踏み出した。




