表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/71

第九章⑥ 混戦する中庭

 剣と剣がぶつかり合う金属音。怒号、悲鳴、命令が入り乱れる中庭。

 その只中に、三人の姿が現れた。

「……え?」

 最初に気づいたのはシャルルだった。振り上げた剣を止め、目を見開く。

「あ、サミュエルとロザリー……! ……え? あ……あいつ、五鬼衆の……?」

 シャルルの声が戦場に亀裂を入れた。

「——マクシム! グウェナエル!」

 サミュエルの怒声が中庭全体に叩きつけられる。

「今すぐ剣を下ろせ!!」

 一瞬。ほんの一瞬、すべての動きが鈍った。

「……なんだって?」

 マクシムが振り返る。その顔に浮かんだのは理解不能という名の衝撃だった。

「ここまで来て裏切る気か!!」

 グウェナエルが吼える。

「今さら中立気取りか!? 血迷ったのか!!」

 サミュエルは一歩も退かない。

「ここまでだ」

 鋭く言い放つ。

「やめないなら……力ずくで止める!」

 その瞬間。——剣が交錯した。

「くっ……!」

 ダヴィットが咄嗟に受け、重い衝撃が腕に走る。

「サミュエル、本気か!?」

「本気だ!」

 二人の剣が火花を散らし、激しく噛み合う。一方——

「お願い! 話を聞いて!!」

 ロザリーが必死に叫ぶ。だが、リラは一切の躊躇を見せなかった。

「邪魔するなら……容赦はしない」

 冷え切った声。剣が抜かれ、二人もまた刃を交える。

「リラ……っ!」

「黙って!」

 鋭い斬撃がロザリーを追い詰める。剣は敵ではなく、知った顔へ向けられていた。

「くそっ……何なんだよ、これ……!」

 シャルルは錯乱したように叫びながら第八の兵を斬り伏せる。

「どいつが敵で……どいつが味方なんだ……!」

 ジョルジュも半ば泣きそうな顔で剣を振るい、第九の兵を押し返す。

「やめてくださいよ……! こんなの……こんなの聞いてない……!」

 アルフォンスは後方で立ち尽くしていた。

「……副司令官」

 低く呼びかける。

「彼らに……何が?」

 イザベルは答えられなかった。ただ、目の前で起きている味方同士の殺し合いを見つめるしかない。

 ルソーは血に濡れた笑みを浮かべ、喉を鳴らすように叫んだ。

「さあ、もっと来い! 血の匂いが足りんぞ!」

 彼の連結剣が松明の光を弾き、鋼の鎖が唸りを上げて宙を走る。一瞬の隙を突かれ、グウェナエルの腕に鎖が絡みついた。

「くっ……!」

 引き寄せられた腕に力が入らず、身体がわずかに止まる。

 同時にマクシムの剣にも重圧がのしかかっていた。

 鍔迫り合いのまま、至近距離で睨み合うルキフェルの剣圧だった。

 火花が散る。互いの呼吸がぶつかり合う。その状態のまま、マクシムが低く吐き捨てる。

「……このままじゃ、埒があきません!」

 声は戦場に向けたものだったが、刃は一切引かれていない。ルキフェルの剣を押し返そうとも退こうともせず、ただ耐える。ルキフェルの眉がわずかに動いた。

 彼らの背後——リラと背中合わせで戦況を見据えていたダヴィットが周囲を一瞥し、鋭く叫ぶ。

「城壁通路から人は消えた! 突破は目前だ!」

 その瞬間だった。

「——させるか!!」

 野太い怒声が中庭を切り裂く。

 五鬼衆の一人、赤髪のジャスパー。カットラスを振り回しながら乱入するように中庭へ飛び込んできた。

「マクシミリアン・ブーケ!!」

 一直線。狙いは明確、マクシムただ一人。

「っ——!」

 鎖に絡め取られたグウェナエル、混戦に呑まれるルソー。

 誰もが一瞬、反応に遅れる。だがその刹那、マクシムの目が鋭く細まった。

「——今だ」

 ルキフェルの力がほんの一瞬だけ緩んだ。焦燥と迷いが生んだ、致命的な隙。

 マクシムは強引に剣を押し返し、鍔迫り合いを解除する。火花が散って刃が弾かれたその瞬間、身体を低く沈めた。ジャスパーのカットラスが頭上を唸りを上げて空を切る。

「なっ——!」

 避けられた。マクシムはそのまま前転し、距離を取る。背後でルキフェルが小さく息を呑んだ、その時だった。

「——全員、手を止めろ!!」

 張り裂けるような声が中庭の喧騒を真正面から叩き潰した。剣と剣がぶつかり合う金属音が、まるで嘘のように途切れる。皆の視線が一斉に声の方角へ吸い寄せられた。

 松明の光の縁。そこに立っていたのは、五鬼衆のマテオだった。

 彼の前には、縄で縛られた三人の人影。

 アニータ。スザンヌ。リゼーヌ。荒く息をつきながらも、必死に立たされている。縄はきつく食い込み、身動き一つ取れない。

「……っ!」

 マクシムの瞳がはっきりと揺れた。刃先がわずかに下がる。

「そんな……!?」

 マテオは冷たい目でマクシミリアン隊を見据えたまま告げる。

「これ以上、動くな。次に刃を振った瞬間——この三人がどうなるか、分かるな?」

 彼の背後。半歩引いた位置にコリンが立っていた。顔は青ざめ、目には明確な恐怖が浮かんでいる。

「……もう、やめようよ!」

 コリンの声は震えていたが、必死だった。

「これ以上続けたら……本当にみんな死んじゃう! こんなの、誰も望んでないでしょ!」

 中庭の空気が重く沈む。そして、もう一人。ペネロペがゆっくりと前に出た。月明かりに照らされたその表情は、硬く、どこか痛みに耐えるようだった。

「……お願い」

 彼女はマクシムを見つめ、かすかに唇を噛みしめてから、絞り出すように言う。

「もう、諦めて」

 その言葉は懇願であり命令であり、決別の宣告だった。

 剣を握る手が誰のものともなく震える。誰もすぐには動けない。

 中庭は再び静まり返った。だがそれは、安堵ではない。

 ルキフェルは剣を下ろさないまま一歩前に出た。彼の視線はマクシムだけでなく、なお剣を構え続けるマクシミリアン隊全体を射抜いている。

「——今すぐ、武装解除しろ」

 低く、一切の迷いを含まない声だった。

「こんな争い、無駄だ。誰も……望んでいないだろ」

 そう言って彼は顎で示す。縄で縛られた三人の仲間を。

「これ以上、あいつらを追い詰めるな」

 その言葉が落ちたあと、中庭には再び沈黙が訪れた。

 剣を振るえば終わる。だが、振るえば取り返しがつかない。

 最初に崩れたのは、シャルルだった。捕らわれた三人を見つめ、唇を噛み、目を伏せ、肩がわずかに震える。

「……くそ……」

 吐き捨てるような声。剣を握る手が緩む。次の瞬間、金属が石畳に当たる乾いた音が響いた。

「降参だ。……これ以上は、無理だ」

 誰も責めなかった。ジョルジュとリラが顔を見合わせる。そして、ふとロザリーの方をちらりと見た。

 ジョルジュがかすれた声で呟く。

「……やっぱり、ボクにはできない」

 リラも静かに首を振る。

「仲間に……剣を向けるなんて……できない」

 二人はほとんど同時に剣を手放した。刃が地面に転がる音がやけに大きく響く。

 ダヴィットは暫く歯を食いしばっていたが、やがて深く息を吐いた。

「……ちくしょう、クソが……」

 悔しそうに呟き、彼もまた剣を放り投げる。

「もう、いい……」

 中庭に残るのは剣を持たぬ者たちと、まだ終われない者たち。だが、マクシミリアン隊の心はここで折れ始めていた。刃ではなく、選択によって。

 マクシムはただそこに立っていた。剣は捨てられていない。だが、構え直されることもない。伏せた瞳の奥で何かが静かに、危険なほど凝縮していく。その様子を見て、ルキフェルが一歩、距離を詰めた。

「……もう、やめよう」

 その声は遠く懐かしいような優しい調子だった。だからこそ、余計に刺さる。

「復讐なんて……意味がない」

 ——その瞬間。マクシムの中で、最後に残っていたものが切れた。

 次の刹那、誰も反応できなかった。

 マクシムは剣を振り上げない。ただ踏み込む。鈍い音が、頭蓋の奥で割れる。

 剣の柄が一直線にルキフェルの眉間へ叩き込まれた。

「——ッ!」

 不意打ちを喰らったルキフェルの視界が白く弾ける。星が散り、音が遠のき、世界がぐらりと傾いた。その隙をマクシムは逃さない。ルキフェルの身体を突き飛ばすようにして弾き飛ばし、地を蹴った。

「……っ!」

 ルキフェルの身体が石畳を転がるが、マクシムは振り返らない。叫びも躊躇もなく、ただ一直線に駆け出した。

「ルキフェル!!」

 真っ先に駆け寄ったのはジャスパーだった。続けてマテオとコリン、そしてニールまでもが倒れた彼の周囲に集まる。

「ルカ、大丈夫か!?」

「……不意打ちか、卑怯だ……!」

「視界は!? 意識はある!?」

 ルキフェルは頭を押さえ、荒い息を吐く。まだ立ち上がれない。その光景を、少し離れた場所で見ていたルソーは完全に状況を見失っていた。

「……おいおい」

 剣を下げたまま、呆然と呟く。

「いったい……どうなってやがんだ」

 その時、連結剣の鎖がわずかに緩んだ。

 グウェナエルはその一瞬を逃さない。鎖を乱暴に振り払い、一切の躊躇なくマクシムを追いかける。

「行くぞ!」

 二人はルソーを押し退けるようにして駆け抜け、闇に沈む城内へと身を投じる。

 彼らの背中を無数の視線が追った。中庭に一瞬の空白が落ちる。剣戟の余韻と荒い呼吸だけが、冷たい石壁に残響する中、沈黙を鋭い声が切り裂いた。

「海軍員に告げる!」

 イザベルだった。剣を掲げ、迷いのない声で号令を放つ。

「目標はマクシミリアン・ブーケ隊および五鬼衆! 両方、必ず捕えよ! 城内へ急げ!」

 その言葉と同時に海軍員たちが動いた。ためらいもなく、雪崩のように城内へと流れ込んでいく。

「追え!」

「逃がすな!」

 足音が重なり、闇が騒がしく揺れる。

 その間、ようやく体勢を立て直したルキフェルは頭を押さえながら立ち上がった。だが視界に映ったのは剣を構え直す海軍員たちの輪だった。囲まれている。

「待ってくれ……!」

 ルキフェルは声を張り上げる。

「俺たちは、この戦いを終わらせに来たんだ! 無意味な殺し合いを——」

「聞く必要はない! ——もう十分聞いた!」

 次の瞬間には剣が振り下ろされる。説得は完全に無視された。

「……くそっ」

 ルキフェルは歯を噛みしめ、剣を抜く。

 彼を庇っていた四人の海賊もそれに続いた。

 やむを得ない。戦うしかない。するとジャスパーがルキフェルの肩を掴む。

「ルキフェル! あいつらを追うぞ!」

 城内へ消えたマクシムとグウェナエル。二人の背中を追わねば、すべてが手遅れになる。

 ルキフェルは一瞬、迷いを見せた。だが、焦燥がそれを押し潰す。

「……分かった!」

 二人は剣戟の隙を縫い、城内へと駆け出した。

 中庭にはさらに深い混乱が残される。その一角でアルフォンスと刃を交える影があった。

 相手はニール。金属音が弾け、二人の距離が一瞬で詰まる。

 アルフォンスは剣を合わせたまま低く問いかけた。

「君たちの目的はなんだ」

 ニールは苦々しく笑った。

「……何度も言ってるでしょ」

 刃越しに疲れ切った声音が漏れる。

「終わらせに来ただけだよ。それだけなのに……誰も、聞かない」

 その言葉が夜気に溶ける。

 中庭はもはや一つの戦場ではなかった。

 目的も立場も入り乱れ、誰が敵で、誰が味方なのかさえ曖昧なまま、歯車だけが回り続けている。

 そして——城内の奥へ消えた二つの背中がさらなる破滅の中心へ向かっていることを、この場の誰もまだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ