第九章③ ソフィー
医務室の空気は、沈んでいた。息をするたび、胸が沈む。
ソフィーは膝を抱え、両腕で胸を締め付けながらじっと天井を見つめる。心臓の鼓動は、城の喧騒や遠くで鳴る鈴のような音さえも飲み込みそうに速く、鋭く響いた。
——ブレスト城の方は見たくない。
それでも、膝を抱えたままでは何も解決しない。ゆっくりと、どうにか意を決して視線を窓に向ける。城はすでに松明の光で夜を赤く染め、まるで血の海の上に浮かぶ灯籠のように輝いていた。その光景に身体の奥底から息を呑む。
「ああ……始まってしまった」
視線をさらに上げ、夜空を見渡す。その瞬間、ソフィーの心に凍りつくような鮮烈さで星の光が飛び込んできた。
——紅い星。
見つけてしまった。
夜空の闇に、まるで血のように赤く燃え上がるその星はひときわ強く輝き、視界を染め上げる。
紅の光に呼応するかのように、蒼く淡い二つの星が近くで静かに瞬いていた。
三つの星が夜空で不自然な三角を描き、まるで逃げ場を塞ぐように存在している。
ソフィーは息を詰め、瞳に映る三つの光を胸の奥で抱きしめる。
「まさか……今夜なの……」
思わず漏れたその声は震えていた。
記憶が波のように押し寄せる。
リゼーヌの言葉——「二つの首星を結びつく星が紅く輝く時、歴史の転換点が生まれる」。
あの時、胸に響いた感覚が今、三つの星の形で現実の空に結びつく。
だが、目の前の光景にソフィーは冷ややかに思う。
「……違う」
声が、自分のものではないように聞こえた。
「私は、違う」
三角形の紅と蒼に囲まれた自分を見つめながら、過去の選択が重くのしかかる。
何度も岐路があった。チャンスもあった。変えられる可能性もあった。
だが、結局、自分は自分の弱さに抗えず、目をそらしてきた。
夜空の三つの星は、その事実を静かに映し続ける。
「こんな自分が……どうして、予言の星に値する?」
胸の奥で痛みが刺す。
あの時、問い詰めることもできた。あの時、踏み込むこともできた。
——でも私は、目を逸らした。真実を追求することも、第三の道を探すことも、表向きは他人のためと称しながら、ただ自分が傷つくことを恐れて手を引いた。
私は、選ばなかった。選べなかったんじゃない。
——逃げただけだ。
「私は……選ばれなかった側の人間だ」
その声は、震えてすらいなかった。
絶望ではなかった。ただ、沈んでいくだけだった。自分が空っぽだと知っただけだ。
紅い星も、蒼い二つの星も、冷たく光を注ぎ続ける。希望の光ではない。
最初から、その器ですらなかった——そのことを、ただ確認させるための光だ。
何も残らなかった。
ただ、ここにいるという事実だけが動かなかった。




