第八章④ エリオット
ちょうどその時だった。扉が、ノックを待たずに勢いよく開いた。
「大元帥! お邪魔しますぞ!」
低くも朗らかな声と共に現れたのはルソーで、その後ろには涼やかな眼差しのイザベルが続いていた。
「エリオット? 顔色が悪いわ」
「……何かあったのか?」
突然の訪問にエリオットはわずかに目を瞬かせたが、すぐにいつもの柔和な微笑を取り戻した。
「いや。少し考えごとをしていただけだ」
ルソーは大股で部屋に入り込み、机の前までずかずかと歩み寄る。
「そういう顔じゃなかったがな。お前が一人で悩み込むとろくなことがない、ってのは昔からの癖だろう?」
イザベルも腕を組み、訝しげに首をかしげる。
「まさか、また仕事を抱え込みすぎているんじゃないでしょうね?」
二人の問いかけにエリオットはしばし沈黙し、それから小さく笑った。
「……心配性な友を持って、私は幸せ者だ」
彼の目元に浮かぶ光は密書を読む前とは確かに変わっていた。
「お前たちに、見せたいものがある」
ルソーは眉をひそめ、イザベルも目を細める。
「どういうこと?」
「私ひとりで背負おうと思っていたが、もう観念した。……これを見てくれ」
そう言ってエリオットは再度引き出しを開け、机の上にそっと密書を置く。二人が広げられた紙を覗き込むと文字が目に入る。
「ゼフィランサスのことで話がしたい。二月十八日の夜、ブレスト城の屋上で」
イザベルが口に出して読むと、ルソーは一瞬眉をつり上げた。
「……な、なるほどな」
エリオットは二人に視線を向け、低く告げた。
「この日、二人きりで話す。決して邪魔をするな」
ルソーは口をぽかんと開け、イザベルも一瞬言葉を失う。しかし、二人とも頷き密書の内容を胸に刻む。
「わかった、邪魔はせん」
「……承知しました」
エリオットは二人の反応に小さく頷き、視線を再び密書に落とす。その瞳には覚悟が漂っていた。
ルソーは密書を手に取り、眉をひそめる。
「けど、差出人の名前がないな……誰からだ?」
エリオットはゆっくりと視線を上げ、ルソーに答えた。
「おそらく、あいつしかいない。マクシミリアン・ブーケだ」
イザベルが息をのむ。ルソーも拳を軽く握る。
「マクシミリアン……。オレたちにとっても、手強いやつだ」
エリオットは言葉を続ける。
「彼の目的は明らかだ。私への復讐を果たすつもりだろう。しかし、どうやらその前に話がしたいらしい」
机越しに二人を見つめ、静かに小さく頷く。
「実に冷静なやつだ……行動も、感情も、ぶれない」
ルソーは肩をすくめ、考え込むように視線を机の上に落とした。
「なあ、ふと思ったんだが……ゼフィランサスの家族って、結局どうなったんだ? 消息不明のままだろ」
イザベルがすぐに顔を曇らせる。
「そうね。誰も生存を確認できていない」
ルソーはゆっくりと顔を上げ、目を細める。
「……もし、まだ生きているとしたら」
彼は珍しく一瞬言葉を詰まらせたが、構わず続けた。
「なら、マクシミリアンがやつの息子なんじゃないか?」
エリオットの瞳が一瞬、鋭く光る。
「つまり、復讐の矛先も血縁的な因縁の上にあるということか」
イザベルは軽く息をつき、ルソーの言葉の重みを理解した。ルソーはその目に鋭い確信を浮かべたまま、小さく肩をすくめる。
「血の連鎖、因縁……やつは計算しているのか、それとも本能で動くのか。どっちにしても手強いな」
エリオットは静かに息をつき、首を振った。
「……血縁と決めるには、早計だ。直接話し合って確かめるつもりだ」
ルソーは軽く眉を上げ、イザベルを見る。
「話し合い……ああ、なるほどな。直接、相手の意思を確かめると」
エリオットは執務机の上に密書を置き、鋭い視線を二人に向ける。
「ただの会話では済まないかもしれない。だが、真実は必ず自分の目で確認する」
イザベルは小さく頷き、ルソーも静かに拳を握る。
三人の間には、言葉にせずとも覚悟と緊張が静かに共有される。
エリオットは立ち上がり、二人に向けて低く告げた。
「この話は以上だ。再三言っておくが、邪魔はするな」
ルソーとイザベルは黙って頷くと、執務室を後にした。
廊下に出ると二人は自然と歩調を合わせ、静かに話し始める。
「……マクシミリアンが何をするか、正直読めん」
ルソーが眉を寄せ、口を開く。
「エリオットには悪いけど、急ぎ第八部隊と第九部隊を城に配置させるべきね」
イザベルは冷静に判断を告げる。
「必要であれば殺しも構わん。けど、基本は捕縛だ。復讐者相手に情けは無用」
第八部隊は城内へ、第九部隊は要所へ。命令はすぐに飛んだ。
夜のブレスト城は静かな緊張と覚悟の空気に包まれたまま、深い闇へと沈んでいく。
その中心で、確実に何かが動き始めていた。




