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第七章⑦ マクシム

 執務室には緊張した空気が漂っていた。

 机の上には簡易の地図と粗末なコマ。蝋燭の火がゆらめき、皆の顔を照らす。

「闇討ち。これが一番確実だ」

 ダヴィットが腕を組み、断言するように言った。

「相手は大元帥直属の護衛もいる。正面から行けば損耗が大きすぎる」

「ですが、正面から挑む方が筋は通ります」

 ジョルジュが鋭く返す。

「復讐を果たすなら、臆した真似はしたくない。陰で刺すのは、ボクは嫌です」

「筋だけで勝てる戦いじゃないだろ」

 ダヴィットが舌打ちする。

 リラが少しおずおずと口を開いた。

「今の隊長の状態で長引く戦いは避けたいわ。短期決戦が理想よ」

「なら余計に闇討ちじゃないか」

 ダヴィットが重ねる。

 グウェナエルが考え込むように顎をさすった。

「半端に隠れて不意を討とうとしても、返り討ちに遭えば終わりだ。むしろ堂々と挑んだ方が、相手も油断せずに正面から受けてくる。意外と隙ができるのはその時かもしれない」

 意見がぶつかり、重苦しい沈黙が落ちる。

 シャルルが小さく咳払いして、空気を収めようとした。

「要は、どれだけ確実に勝つか、だ。ぼくたちが負ければ全て水泡に帰す。……隊長、最終的な判断は?」

 全員の視線がマクシムに集まる。彼は椅子に深く座ったまましばらく黙していた。額にはまだ汗が残り、体調が万全でないことは明らかだった。それでも、その眼差しは鋭く冴え渡っていた。

「……陰に隠れて牙を剥くのも、堂々と剣を掲げるのも……どちらも、僕たちの覚悟次第です」

 マクシムの低く響く声が執務室に落ちた。

 ソフィーは部屋の片隅から、じっとその光景を見守っている。医師として止めるべきなのかもしれない。けれど、彼らの瞳に宿る炎を見ているとその言葉を奪うことはできなかった。

「……ですが、そもそも目標はブレスト城内にいるんです」

 マクシムがゆっくりと口を開いた。

「外で待ち伏せしようが、夜陰に紛れても……奴が城から出てこなければ意味がない。誘き寄せる策を練るか、それこそ正面から城へ侵入しないと辿り着けませんよ」

 部屋の空気が一段と張りつめる。地図の上で、誰も動かさないコマが静かに沈黙していた。

「……たしかに」

 シャルルが頷く。

「相手も安易に外には出ないでしょう。それに最近の大元帥は、ほとんど室内に篭りきりだと聞いています」

「室内に籠ってる……なら余計に厄介だな」

 ダヴィットが低く呟いた。

「護衛も厚いはずだし、堂々と乗り込むなんて無謀に思えるが……」

「けど、やるならそこしかない」

 グウェナエルが短く言った。

「結局は、命を懸けて城を突くしかないんだ」

 重い言葉が、また机の上に落ちた。

「なら、どうやって城に入るんです?」

 ジョルジュが地図に手を伸ばしながら言った。

「城門から堂々と入るなんて無理ですよ。なら、夜陰に紛れて裏門を……」

「裏門は厳重よ。衛兵が二重三重に巡回している」

 リラが否定する。

「それに、そこを抜けてもすぐに中庭。見張り台から丸見えだから」

「だったら、海側はどうだ」

 ダヴィットが地図を指でなぞる。

「城壁の基礎は港に面している。小舟で近づいて、夜の潮に紛れて上がる……」

「荒天なら隠れられるかもしれませんが、逆に足を取られて全滅しかねません」

 スザンヌは小さく口を挟んだ。

「他には……潜り込む方法もあります」

 リゼーヌが囁くように言った。

「商人に扮して物資を納める。あるいは下働きに化ける。内部に入ってから、道を作るんです」

「ふん、芝居ごっこか」

 グウェナエルが鼻を鳴らした。

「俺は性に合わん」

 意見が次々に出され、地図の上に石や駒が並べられては動かされる。誰もが「勝算の芽」を必死に探していた。が、すぐには答えを出せなかった。いずれも命を賭ける選択であることを全員が理解していたからだ。重苦しい沈黙を、ぱん、と軽く手を叩く音が破った。

 皆の議論をずっと聞きながら指で机を叩いていたアニータがにやりと笑みを浮かべ、身を乗り出す。

「——あ、じゃあこうしましょうよ」

 彼女はにやりと笑みを浮かべながら皆の視線を一身に集めた。

「エリオットに訊いてみるんです」

「……訊く?」と誰かが呟く。シャルルが眉をひそめた。

「まさか、果し状ってことですか」

「まあ、そういう形にもなるわね」

 アニータは肩をすくめた。

「私たちで決めあぐねているなら、いっそ相手に知らせてしまえばいいのよ。密書を送って、大元帥に条件を突きつける。——『隊長と二人きりで会え』って」

 部屋にざわめきが走った。ダヴィットが目を剥き、ジョルジュが息を呑み、シャルルは思わず扇子で口元を隠す。

「馬鹿な……!」

 グウェナエルが声を荒げた。

「そんな真似をすれば、奴に警戒されるだけだ!」

「けど、こっちだっていつまでも迷ってるわけにいかないでしょ?」

 アニータは涼しい顔で返す。

「闇討ちだの正面突破だの、どっちにしても命懸けになるのは一緒。だったら……隊長と大元帥、二人にしか決められない決着を先に形にしてしまえばいい」

 皆の視線が自然とマクシムへと向けられた。彼はしばし黙り込み、深く目を閉じて考え込んでいる。沈黙ののち、マクシムが低く口を開いた。

「……危うい策ですが、一理ありますね」

「隊長、それはあまりに無茶です!」

 リラが机に身を乗り出す。

「そうだ!」

 グウェナエルも即座に続いた。

「相手は大元帥だぞ? こちらから仕掛ければ、逆に罠を張られるに決まってる!」

 スザンヌは顔を曇らせ呟く。

「もし密書が他の誰かに漏れれば、私たち全員の首が飛びますわ」

 それでも、マクシムは視線を伏せて小さく首を横に振った。

「ですが、奴もまた一人の人間です。僕と同じ、過去に囚われた罪深い男。無視できない言葉を記せば、必ず応じるはずです」

「無視できない言葉?」

 シャルルが眉を寄せる。

 マクシムは椅子に身を預け、静かに言った。

「奴が一生背負っている、あの過ち。それを知っていると匂わせれば黙ってはいられないでしょう」

 部屋に緊張が走る。ジョルジュは思わず息を呑み、ダヴィットが小さく「なるほど……」と呟いた。

 やがてマクシムは皆を見渡し、結論を下した。

「——大元帥に密書を送る。舞台は奴と僕、二人で決めましょう」

 マクシムはゆっくりと体を起こし、皆の視線を受け止めながら言った。

「密書の文面は僕が書く。内容は一つ。『ゼフィランサスについて話がしたい』。それだけ伝える」

 アニータが眉をひそめる。

「それだけで大元帥が出向くと思うんですか?」

 マクシムは冷ややかに、しかし確信を込めて答える。

「奴は無視できないはずだ。あの過去、そしてあの罪……僕の密書を受け取れば、必ず反応する」

 シャルルが続ける。

「場所は?」

「ブレスト城の屋上。人目を避けられ、逃げ場もない。そこで二人きりで話す」

 皆が一瞬、互いに顔を見合わせる。

「……なるほど」

 ジョルジュが小さく吐息をつき、ダヴィットも黙って頷く。

 ソフィーは遠くから静かにその場面を見守る。言葉には出さずとも、彼女の瞳は計画が着々と進むことを理解していた。

 マクシムは再び皆を見渡し、低く言った。

「さて、そうと決まれば、僕は密書を書いてくるから、皆は随時解散してくれ。計画の実行は、僕の怪我が完治次第だ。できれば——二月十八日に、決行したい」

 執務室の静寂を後にして、マクシムは自室へと向かった。廊下の冷たい石床を踏むたびに微かな痛みが胸に響く。

 自室の扉を開け、机の前に腰を下ろした。ペンを握る手に力を込め、深く息を吸い込む。

 紙の上に記すのは短い一文だけだ。

「ゼフィランサスのことで話がしたい。二月十八日、夜。ブレスト城の屋上にて」

 書き進めるうち、表情がわずかに歪む。怒り、後悔、失った仲間への想い。

 それらが一度だけ胸の奥で波打ち、そして静まった。余計な言葉は要らない。感情は背後に潜ませ、この簡潔さ自体が刃になる。

 書き終えると、マクシムはペンを置いて深く息をついた。震える手で封筒に密書を収め、確実に封をする。

「……よし、これで準備は整った」

 呟く声はかすかに震えていたが、言葉に込められた決意は揺るがない。

 窓の外、ブレストの街に朝の光が差し込む。

 冷たい光は彼の鋭い瞳に反射し、復讐へ向かう覚悟の背中を際立たせた。

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