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第七章⑥ ダヴィットとジョルジュ、スザンヌとリゼーヌ

 宿舎の奥、ひんやりとした武器庫の中。

 石壁に沿って整然と並ぶ銃火器や刃物が、淡い光にきらりと反射する。

 ダヴィットとジョルジュは黙々と手入れを進めながら、計画の行方を思案していた。

「……計画、どうなるんでしょうか」

 ジョルジュはため息交じりに、錆びついた小銃の銃身を拭く。

「隊長の意向次第だ。闇討ちか、正面か……」

 ダヴィットは、手元のマスケット銃の照準を入念に調整する。

「どちらでも対応できるよう、弾薬も刃物も準備しておかないと」

 ジョルジュは短く笑った。

「闇討ちの方が安全でしょうけど、隊長はああいう性格です。堂々と正面からかましそうな気もします」

 ダヴィットはマスケット銃の銃床を指でなぞりながら頷く。

「正面なら、戦闘は長引くだろう。俺たちの身体も、隊長の身体も無事じゃ済まない。無理はさせられない」

 二人は手元の武器を見つめる。ジョルジュが短剣の鋭い刃先を確かめ、ダヴィットは火縄銃の発射機構を入念に点検する。窓から差し込む光が金属に反射し、まるで小さな戦場のように輝いた。

「あとは、戦術と隊長の判断次第……」

「そうだな」

 ダヴィットも拳を軽く握る。

「正面なら突撃のタイミングを考える。闇討ちなら潜入ルートの確認。どちらにせよ、作戦が成功するかどうかは、俺たちの準備次第だ」

 二人の視線が交わる。言葉少なだが、互いの覚悟はしっかりと伝わっていた。武器庫に漂う火薬と鉄の匂いが、これからの戦の気配をひそやかに告げている。

「……いよいよですね」

 ジョルジュが短く息をつくと、ダヴィットも頷く。

「準備は万全。あとは——隊長がどちらを選ぶかだ。俺たちは、それに従うだけだ」

 武器庫の静けさの中、二人の心臓の高鳴りだけが次の戦の到来を告げていた。


 午前の光が食堂の大きな窓から差し込み、木の床やテーブルに柔らかく影を落としていた。

 スザンヌは窓際の席に腰かけ、手の中でナイフの柄を無意識に握りしめている。

 向かいにはリゼーヌが座り、静かに彼女を見つめていた。

「隊長に従う、と言ったけれど」

 スザンヌは小さく吐息をつく。

「でも、心のどこかで迷っている自分もいるの。家のことも、私自身も」

 リゼーヌは柔らかく頷きながら、声を落とす。

「スザンヌさんのご実家──ブルボン家の立場は知っています。現国王と新体制に味方して、大元帥も彼らの庇護の下にあると」

 スザンヌの目が揺れる。

「そうなのよ……。うちは分家とはいえ、ブルボン家は代々王権に仕えてきた家門。今の体制の守護者を自称して、私の兄や父は王国の安定を誇りにしている。そんな家に育った私が、もし大元帥を討つ側に回ったら……裏切り者と呼ばれるわ」

「家族に背を向けることになるのが怖いのですね」

 リゼーヌの声は淡々としていたが瞳は優しかった。

 スザンヌはナイフを置き、手のひらで額を覆う。小さなため息が漏れた。

「怖いのはそれだけじゃないの。父や兄は今の王に忠誠を誓っている。もし私が逆らえば……ブルボン家の名誉ごと傷つけてしまう。足がすくむの」

 リゼーヌはテーブルの端に指を置き、慎重に言葉を選んだ。

「でもスザンヌさんのお父上やお兄様は国のためと言っているのでしょう? その国を操っているのが誰か、スザンヌさんにはもう見えているはずですよね」

 スザンヌはゆっくりと顔を上げる。その目には迷いと怒りが同居していた。

「……王の名の下に人が切り捨てられ、見えないところで血が流されてきた。私はそれを知ってしまった。知らなければ、家の教えを信じて生きられたのに」

 リゼーヌは静かに手を差し出した。

「迷うのは当然です。でも、どちらを選んでもスザンヌさんの覚悟が必要なのは変わらないです。迷いを抱えながらも前に進む、それがあなたの覚悟になるんです」

 スザンヌは差し出された手をじっと見つめ、そしてゆっくりと握った。

「……わかったわ。隊長のために、自分のために。家の名誉に縛られて足を止めるより、前に進むしかない」

 窓から差し込む光が二人の影を長く伸ばす。迷いを抱えながらも、スザンヌの目に小さな決意の光が宿った。

 スザンヌはしばし黙っていたが、やがて視線をリゼーヌに移した。

「……ねえ、あなたはどうなの? ご実家のこと」

 リゼーヌはわずかに目を細め、淡い笑みを浮かべた。だがそれは柔らかさよりも、どこか影のある笑みだった。

「私の家……?」

 彼女が小さく肩をすくめる。

「政治的にどの派閥に付いているかは正直、はっきりとは知らないんです。でも、一つだけ確信していることがあります」

「確信?」

 スザンヌが問い返す。

「私は……自分の家から見れば、間違いなく裏切り者です」

 リゼーヌの声は淡々としていたが、そこには苦味が滲んでいた。

「どうして、そんなふうに言い切れるの……?」

 スザンヌは少し身を乗り出す。リゼーヌは窓から差す光を指でなぞりながら目を伏せた。

「私の家は秩序を最も重んじる家系。乱れを起こす者を決して許さない。……けれど私は今、乱れそのものに手を貸しています。復讐を誓った隊長の傍に立ち、国家の柱を斬り崩そうとしている。これを裏切りと呼ばずに、何と呼ぶんでしょうね」

 スザンヌは息を呑んだ。

「……じゃあ、戻れなくなるのね」

「はい」

 リゼーヌは静かに答えた。

「帰る場所は、もうない。でもそれでいいんです。私にとって家は生まれた場所にすぎなかった。いまは、この宿舎こそが私の居場所ですから」

 スザンヌはしばし黙り込み、そして小さく笑った。

「あなたは強いのね……。私はまだ家に縛られて、迷ってばかりなのに」

「強いんじゃないです」

 リゼーヌは首を振る。

「ただ、全部を捨てる覚悟をしてしまっただけ。それが正しいかどうかは……きっと最後までわかりません」

 二人の間に沈黙が落ちる。けれどその沈黙は、互いの決意を確かめ合うように静かで、温かかった。

 スザンヌはリゼーヌの言葉を受け止めながら、指先でテーブルの木目をなぞった。

「……ひとつ聞いてもいい?」

「なんでしょうか?」

 リゼーヌが静かに首を傾げる。

「あなた、星の巡りを読むんでしょう? ……私たちの運勢というか、未来はどうなの?」

 スザンヌの声には不安を押し隠した甘えのような響きがあった。

 リゼーヌは少しだけ目を伏せ、窓の外を見た。淡い朝の光が差し込むが、その向こうの空は確かに霞んでいた。

「……最近、空が霞んでいて。肝心な星が、よく見えないんです」

「よく見えない?」

 スザンヌが思わず繰り返す。

「はい。曇り空のせいかもしれないし……あるいは、私たちの進もうとしている未来がまだ定まっていないからかもしれない」

 リゼーヌの返答は柔らかく、それでいてどこか含みを持っていた。

 スザンヌは小さく唇を噛んでから、微笑を浮かべる。

「……なんだか、怖いような、でも安心するような言い方ね」

「未来なんて、いつだって霞んでいるものです」

 リゼーヌは肩をすくめた。

「けれど、手を伸ばそうとする人間だけがその先の星に届くんです」

 スザンヌはリゼーヌの言葉を反芻しながら、眉を寄せた。

「……空が霞んでいるって、不吉の兆しかしら」

 リゼーヌはすぐには答えず、ゆっくりとカップを持ち上げて口を湿らせた後、穏やかに視線を返した。

「不吉と決めつけるのは簡単です。でも、霞はやがて晴れるもの。大事なのは……その間に、自分がどんな選択をするか」

「選択……」

 スザンヌは小さく呟いた。

「未来が見えないときこそ、私たち自身の心が試されるんです」

 リゼーヌの声は静かで、しかし不思議と力を帯びていた。

「どんな星が出ていようと……最後に運命を決めるのは自分だから」

 スザンヌはその言葉にしばらく黙り込み、そしてゆっくりと息を吐いた。

「……やっぱり、あなたは強いわね。私はまだ迷ってばかりなのに」

「私だって迷います。ただ、星は道しるべでしかないんですよ。頼り切るものじゃなく、歩くための目安です」

 二人の間に少しだけ張りつめた空気が和らいだ。

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