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第六章④ マクシミリアン隊

 その日の夕刻。ブレスト港から戻ったマクシムは、どこか重さを引きずる足取りで宿舎の食堂へと入った。中庭から戻ってきた隊員や、訓練を終えた者たちが次々と集まってくる。

「全員、席に着いてくれ」

 マクシムの声は普段と変わらぬ落ち着きを保ちながらも、底に硬質な響きを宿していた。

 ソフィーもジョルジュも、隊の面々は互いに顔を見合わせながら整然と腰を下ろす。暖炉の火がぱちぱちと爆ぜる音だけが室内に残る。

 マクシムは部屋を見渡し、ゆっくりと口を開いた。

「今から話すことは、この先の僕たちの行動を大きく左右します。……だからこそ、聞いたうえで賛同できるかどうか、各自の意思で決めてもらいたい」

 その声音は静かだが、一語一語が石を落とすように重く響く。隊員たちの視線が一斉にマクシムに注がれる。誰もがその先の言葉を待っていた。

 暖炉の火が揺らめく中、マクシムは一瞬言葉を探すように沈黙した。その沈黙すらも隊員たちには重くのしかかる。やがて彼は深く息を吸い込み、口を開いた。

「……長い間、この部隊が抱える異常な空気について、皆さんに窮屈で、不安な思いをさせてきたことを、まず謝らなければならない」

 真摯な声音。場の空気が一層張りつめ、ジョルジュは眉を寄せ、ソフィーは唇を結んで視線を逸らさずに見つめていた。

 マクシムは拳を膝に置き、静かに続ける。

「この部隊には何かある。皆さんにそう思わせた原因。——それは、僕の秘密にあるのです」

 言葉と同時に一瞬、火のはぜる音が大きく響いた。隊員たちの間に、ざわめきともため息ともつかぬ空気が流れる。

 マクシムは目を伏せ、そして決然と顔を上げた。暖炉の炎が揺らめき、マクシムの言葉が室内に重く沈殿した。

「……僕の秘密は、大元帥への復讐です」

 その瞬間、空気が裂けたように緊張が走った。

 ソフィーは胸の奥が熱くなるのを感じ、瞳を伏せた。

「……ついに、言ってしまったのですね」

 自分だけが抱えていた秘密ではないにせよ、それを皆の前で口にした重みは彼女の心にずしりと響いた。

 シャルルは深い溜息をひとつ漏らし、椅子の背にもたれる。

「やれやれ……ようやく腹を括りましたか、隊長」

 その声には呆れと同時にどこか安堵すら滲んでいる。

 アニータは腕を組み、表情を曇らせながらも目を逸らさなかった。

「……言う時が来たんだろうね」

 彼女の声はかすかに震えていた。

 リラは小さく瞬きを繰り返し、落ち着きを保とうとしていたが、その指先は膝の上でぎゅっと握られている。

「ようやく、ですね」

 彼女の囁きは静かだが、どこか張り詰めていた。

 グウェナエルは軽く眉をしかめて鼻で笑った。

「まったく……爆弾を落とすのが遅ぇんだよ」

 皮肉めいた言い方だったが、その眼差しは仲間を守る覚悟を帯びている。

 ダヴィットは俯き、静かに天井を仰いだ。

「……ついに、か」

 彼の声は重たく、どこか覚悟を共にした者の響きを含んでいた。

 一方、初めてその秘密を聞かされた隊員たちは凍りついたように動けなくなっていた。

 ジョルジュは目を大きく見開き、声にならない声を喉でつまらせた。

「たい……ちょう……?」

 ペネロペは椅子から立ち上がりかけて、慌てて口元を手で覆った。

「そ、そんな…!」

 ロザリーは震える手を胸に当て、信じられないという顔でマクシムを凝視した。

「復讐? そんな、そんなことが……」

 サミュエルは唇を噛み、鋭い視線を投げつけた。

「……本気で言ってるんですか、隊長」

 彼の声には怒りと動揺が入り混じっている。

 スザンヌは目を泳がせ、両手を握りしめて震えていた。

「うそ……だって……だって、そんなの……」

 リゼーヌは青ざめた顔でただ固まり、視線を泳がせながら言葉を失っていた。

 知っていた者たちの「ついにか」という冷静さと、知らなかった者たちの「衝撃」とが鮮やかなコントラストとなって部屋を支配した。炎の音がやけに大きく響き、誰もが次のマクシムの言葉を待つしかなかった。暖炉の火がぱちぱちと音を立てる中、沈黙を破ったのはジョルジュだった。彼は目を見開いたまま、声を裏返らせる。

「だ、だって隊長! ボ、ボクたちは……国を守るために戦ってるんじゃないんですか!?」

 その叫びが引き金となり、ペネロペも声を張り上げた。

「そうよ! それが復讐だなんて……あたしたち、何も知らされずに!」

 彼女の頬は紅潮し、涙が滲んでいた。

 ロザリーは両手を胸に当て、震えながら問いかける。

「……私たちが信じてきた任務って全部、隊長の……その、復讐のためだったんですか?」

 サミュエルは椅子を強く蹴って立ち上がり、机越しにマクシムを睨んだ。

「ふざけないでくださいよ、隊長! 僕たちはあんたの私怨のために血を流してきたってことですか!?そんなの、筋が通らない!」

 スザンヌは小さく首を振り続け、唇を噛んでうつむいた。

「……わたし、そんなの……耐えられない……」

 彼女の肩は細かく震え、声は今にも消え入りそうだった。

 リゼーヌは蒼白な顔で呟く。

「……どうして……どうしてそんな大事なことを、今まで……」

 彼女の目はマクシムを見ているようでどこか遠くを彷徨っていた。

 部屋の温度が急激に下がったように感じられるほどの混乱と動揺。

 知っていた側の隊員たちも、それぞれが心中で拳を握りしめながら今は口を挟まずにいた。

 マクシムがこの嵐を正面から受け止めるのを待っているのだ。

 揺らめく炎の赤がマクシムの横顔を照らす。部屋中に渦巻く動揺を前にしても、彼の瞳は一切揺れていなかった。

「——その通りだ。僕の私怨だ」

 静かに、鋼のような響きを持って彼は告げる。

 ジョルジュが「だ、だったら——!」と口を開こうとした瞬間、マクシムは手を軽く上げて制した。

「けれど勘違いするな。僕の復讐は、僕ひとりのものじゃない。僕は多民族集団の一員で、仲間だったゼフィランサスを殺されて、未来を奪われた僕の故郷の人々、彼らの怨念を、僕はこの身で背負っている。そして……この世界で『同じように奪われた者たち』のためにも、必ず果たすと誓った」

 サミュエルが歯を食いしばり、声を荒げる。

「……っ、ゼフィランサスだと? だからって! 国に背くってことですよ!?」

 マクシムの声が一段強くなる。

「——国? 王宮? 群衆? そんなもののために僕は戦わない! 処刑台の前で狂ったように喝采する奴らのために、仲間が命を投げ出すなど断じて認められるか!」

 一瞬、部屋の空気が硬直する。炎が爆ぜ、火の粉が散った。

 マクシムは全員を見渡し、言葉を叩きつけるように続ける。

「僕が戦うのは、誇りを踏みにじられた同胞たちのため。そして、いつか必ず訪れる——自由を奪う者どもを討ち倒すその日のためだ。これが僕の正義であり、揺らぐことはない」

 その言葉は怒りに震える者にも涙に暮れる者にも、深く突き刺さった。静まり返った部屋に彼の決意だけが確かな熱を帯びて響いている。

 張り詰めた沈黙を破ったのはロザリーの声だった。声は震えていたが、その瞳は真っ直ぐで曇っていない。

「ひとつ、聞かせてください」

 皆の視線が彼女に集まる。ロザリーは唇を噛みしめ、やがて堰を切ったように言葉を放った。

「どうして……どうして、こんな大事なことを今まで黙っていたんですか? 今、初めて聞かされた私たちが動揺するのは当然です! でも……」

 彼女はぐっと拳を握り、ソフィーやアニータ、グウェナエルたち——知っていた側を睨むように見回した。

「黙っている人がいるということは……あなたたちは知っていたのですか!? ずっと知っていたのに、私たちには黙っていたのですか!」

 彼女の声は涙交じりで、裏切られたような痛みがにじんでいた。火の粉がパチパチと弾ける音の中で、知っていた側の面々の表情に陰りが走る。

 ロザリーの鋭い問いかけに沈黙が場を支配する中、リラがゆっくりと口を開いた。声は落ち着いているが、強い意志がこもっていた。

「……私たちが黙っていたのは、軽率に伝えるわけにはいかなかったから」

 リラは視線を落とし、手元で拳を握った。

「私も、かつて第七艦艇部隊にいた父を海賊に奪われた。その経験から、私自身も復讐のため海軍に身を置くことを選んだ。……でも、ただの復讐に突き進む自分が怖かった」

 空気が重くなる中、リラはゆっくりと顔を上げてマクシムに視線を送った。

「ある時、マクシミリアンは自分の過去を打ち明けて、『本当に必要なのは、復讐じゃなく終わらせることだ』と語ったの。私はその言葉に、私と同じ喪失者の決意を感じた」

 彼女の瞳には強い決意が宿る。

「だから……私は、彼の副官として支えることを選んだ。黙っていたのは、私が彼の決意を尊重して軽々しく広められないと判断したから」

 リラの言葉が場を静かに満たす中、シャルルがゆっくりと口を開いた。

「ぼくも、黙っていた一人だ」

 シャルルの目には、古文書を読み漁り続けて培った鋭い知識と洞察の光が宿っていた。

「長い間、ぼくは歴史の裏側に目を向けてきた。歴史には裏がある。表向きの正義は、必ずしも真実ではないことに気づいてね」

 そして、ある日のことを思い出す。

「マクシムと歴史観について語り合う機会があったんだ。ぼくは試すように問いかけた。『もし正義が嘘だとしたら、君はどうする?』と」

 その時のマクシムの微笑みを、シャルルははっきりと思い出した。

「彼は言った……『嘘を壊す時には、嘘よりも強い真実が要るんでしょうね。でも、僕はその真実になりたいと思った』」

 シャルルの胸の内で言葉が強く響く。

「その瞬間、ぼくは確信した。この人の嘘は、誰かのための真実だと。だからこそ、命を賭してでも彼を支えよう。——それがぼくの覚悟」

 静かに頷いたシャルルの姿に周囲の隊員たちは息を呑む。誰も口を開けず、ただその覚悟の重みを受け止めるしかなかった。

 ジョルジュは眉をひそめ、拳を軽く握りしめながらも声にならない驚きに包まれた。

「まさか、そんな覚悟を——」

 ペネロペは目を大きく見開き、唇を震わせながら訊いた。

「そ、それって……本当に……本気で……」

 ロザリーは黙ったまま少し眉を寄せる。

 サミュエルは目を伏せて息を整えながら小さく呟く。

「覚悟……覚悟が、重すぎる……」

 リゼーヌはその胸の高鳴りと恐怖を押し殺し、唇を噛みしめた。

「やっと話してくれた。でも、どうして黙っていたの……」

 スザンヌは俯き掌を握りしめたまま、ただ静かに震えている。

「信じられない……でも、これが現実」

 隊員たちの心には驚きと動揺、そして少しの畏怖が同時に渦巻いていた。

 さらにグウェナエルが一歩前に出るようにして、低くはっきりとした声で口を開いた。

「なら、俺も言わせてもらう。生前から、俺は自分を兵器のような存在だと割り切っていた。生きている感覚なんて、なかったんだ」

 その声に一瞬、空気が張り詰める。皆、思わず息を呑む。

「だがな、昔の海上実習でマクシムにこう訊かれたんだ。『あなたは本当に生きているのですか?』とな。失礼な奴だと思ったが、その後のセルティック・シェルフ漂流事件を経て、俺はつい口に出してしまった。『お前に生きてて欲しい。でなければ、俺が守る意味がない』、と」

 グウェナエルの瞳がわずかに潤む。

「そのとき、初めて俺は自分の存在価値を感じたんだ。だから今、俺の命を賭ける価値があるのは、マクシムの戦いだけだと信じている」

 その言葉に隊員たちは言葉を失い、しばらく静寂が続いた。だが、その沈黙の中にはグウェナエルの覚悟が、そしてマクシムに対する絶対の信頼が伝わっていた。

 マクシムは静かに視線を向け、片目で彼を見つめた。

「そうですか、よくわかりました。命を賭ける価値があると思えるなら、それ以上に頼もしいことはないです」

 マクシムの声は穏やかだが揺るぎない信頼を含んでいた。

「だが忘れるな、グウェナエル。僕たちは単に命を賭けるだけでなく、その先にある未来も背負う。互いにただ命を守るのではなく、守るべきもののために戦うんだ」

 グウェナエルは軽く頷き、わずかに微笑んだ。

「……わかってる。だから俺は、最後までお前と共に戦う」

 アニータは小さく息をつき、目を伏せながらも静かに語り出す。

「……私は、かつて愛した軍医ベルナルドを、戦場で失った。彼の命を守ることができなかった。その無力感は、今でも胸に重くのしかかっているわ」

 一瞬、沈黙が流れる。

「でも、何年か前……あの日、マクシムが負傷兵を抱えて取り乱しているのを見た時、気づいたの。彼は戦う人間でありながら、命に泣く人だって」

 アニータの瞳には決意が宿る。

「だから、私はあなたの行き着く先を見届けたいと思った。命を守ることに泣き、戦う人間のその先を、私は支え続けたい」

 ソフィーは静かにその場を見つめながら心の中で思わずつぶやいた。

 ——そのマクシムが、ベルナルドを殺した張本人なんだけどな。

 怒りでも悲しみでもなく、理解と困惑が交錯するような重い感覚だった。

 マクシムはふと無意識に眉をひそめ、口元にわずかな苦みを含んだ微笑を浮かべる。その表情には戦場での決意と胸の奥で抱える陰鬱な過去、そして誰にも言えぬ秘密が重なり合っていることを示していた。

 周囲の隊員たちはマクシムの言葉と表情を注意深く見守る。

 ジョルジュは小さく唸り、ペネロペは軽く肩をすくめ、スザンヌは口元をきゅっと結ぶ。リゼーヌやダヴィットは何も言わずに目を見張り、ロザリーは思わず手を握りしめる。

 しかしその場の空気には、奇妙な静寂と信頼が入り混じっていた。

 誰も口を挟まない。けれど、皆が暗黙のうちに、マクシムの覚悟と隊員たちへの思いを理解しているのだった。

 ソフィーはその複雑な顔を目にし、言葉にできない感情を胸に抱えつつも表には出さず静かにその場に立ち続けた。

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