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第六章⑤ 共犯者たち

 その時、サミュエルは静かに視線を前に向けて言葉を選ぶように口を開く。

「僕はこれまで、何に対しても中立でいようとした。共鳴も、否定もせず、ただ静観する……それが自分の立場だと思っていた」

 少し間を置き、瞳に揺らめく光を宿らせる。

「理を持たぬ者の怒りは醜い。無差別な憎しみは、ただの破壊でしかない。だが……理を貫く復讐には、美がある」

 彼の言葉に周囲の空気が一瞬、引き締まった。

「怒りに任せて舵を切る者がいる。嵐はそういう時に来る。けど……争いには美も醜もある。その計画は……美しいと言ってもいい復讐だ」

 サミュエルは手を軽く握り、続ける。

「僕は第一艦艇部隊にいた時、戦場の理不尽を見て思った。人を動かすより船を動かしたい、と。命を奪うのではなく、命を運ぶ。その役目を全うするために、僕はここにいる」

 視線をマクシムに向け、少し微笑む。

「けど今は……故郷のために、理を持って立ち向かう君の決意に、僕は美しい価値を見出した。そのために自分の力を賭ける。最後まで、君の命を運ぶ役目を果たそう」

 サミュエルの言葉が途切れると宿舎の中に静かな空気が流れた。

 ソフィーは目を細め、心の奥で小さく安堵する。ついにあの冷静な中立者が自らの意志で覚悟を示したのだと。

 リラは軽く息をつき、微かに頷く。

「そう……やっと、わかってくれる人が現れた」

 シャルルは少し驚いた顔をしてからくすりと笑う。

「さすが、サミュエルらしい。美しい復讐に心を動かすのも君らしいな」

 アニータは少し目を伏せながらも真剣な表情で拳を握る。

「仲間が増える……これで、少しでも力になれる」

 ロザリーがゆっくりと顔を上げ、声を震わせながらも力強く口を開いた。

「……私も、加わるわ」

 一瞬、誰もが驚き、息を呑む。ソフィーは少し眉をひそめ、グウェナエルも目を見開いた。

 ロザリーは視線を遠くに向け、静かに続ける。

「王宮には……もう戻れないの。いや、戻りたくない。あそこは私にとって、腐敗と偽善の象徴。私の過去、あそこで失ったもの……それらを無かったことにはできない」

 その目には、決して消えない悲しみと、胸の奥でずっとくすぶっていた怒りが混ざっている。

「幼馴染であり、婚約者もいた。でも彼は王宮の圧力に抗えず、内通者の濡れ衣を着せられて一族ごと処刑されたの。真実は隠されて、私は彼はやってないって知っていた。でも、声を上げることもできなかった。あの時の私の沈黙……それが私の業よ」

 ロザリーは拳を軽く握り、震える声で言葉を紡ぐ。

「でもね……航海士として迷い続けていた私に、あなたが初めて航路を与えてくれた。部隊の旗揚げの際も、今この瞬間も。どこへ向かうか分からなかった私の航路をあなたが定めたのよ、マクシミリアン」

 ロザリーの瞳には迷いはなく、強い覚悟が光っていた。隊員たちは互いに目を合わせ、ロザリーの決意を静かに受け止める。

「だから、私にとって隊長の復讐計画は、過去とケリをつける唯一の道。私の業を正しい方向に燃やすための道。…信じるわ。復讐されるべき世界を、私たちの手で終わらせることを」

 マクシムはわずかに目を伏せ、やがて微笑を浮かべる。

「……よし。あなたの航路は、僕たちと同じ方向を向いていますね」

 沈黙のあと、若手のジョルジュが真っ先に口を開いた。

「……ボクも言わせてもらいます」

 普段は無邪気な声がどこか震えている。

「戦場で壊れかけてたボクを拾ってくれたのは隊長です。仲間を守れなかったボクを受け入れてくれた。……あんたがいれば大丈夫って、そう思えたんです。この部隊に救われたから、ボクは最後までついて行きます」

 その言葉にペネロペも深くうなずいた。

「あたしも……。海賊上がりのあたしを、笑って受け入れてくれたのは隊長が初めてだった。あの時、初めて戻れる場所を見つけた。だから、行きますよ。どこへだって」

 リゼーヌは腕を抱きしめるようにして呟いた。

「星読みなんて、ずっと馬鹿にされてきた。でも、隊長は違いました。『迷った時は星を見ろ』って言ってくれて、私の占いを信じてくれました。だから……今度は私が、あなたの星になります」

 スザンヌは唇を噛みながら、ゆっくり言葉を探す。

「早くから私をこの隊に入れて、責務をくださったこと……感謝しています。今も、どうしたらいいか正直分からなくて……迷ってばかりです。でも……ひとつだけ言えるのは……あなたを放ってはおけないんです」

 最後にダヴィットが重い声で続けた。

「リラと再会できたのは、この部隊のおかげだ。……副隊長として、ここまで来れたのもお前のおかげだ。だから一蓮托生だろ? こうなったら最後まで責務を全うする。隊長、どこまでも付き合うぞ」

 場に流れるのは、論理ではなく、共鳴。

「正しいから」ではなく、「この人だから」。

 彼らの忠誠の芯はただ一つ、人生の節目で差し伸べられたマクシミリアン・ブーケという灯への感謝だった。

 ソフィーは一人、押し寄せる言葉の波に飲まれていた。

 次々と仲間たちが、隊長の復讐に身を投じる決意を口にする。

 恩、感謝、救済。彼らの語る言葉はすべて、マクシムという男に照らされた過去から発せられていた。

 ——復讐に肯定も否定もせず、第三の道を探す。

 自分はあれほど大見得を切ったはずだった。

 だが今、こうして並んで立つ仲間たちは皆、ためらいなく同じ船に乗ろうとしている。

「どうしたらいいの……?」

 心の奥底で、言葉にならぬ問いが漏れた。

 正義を説くこともできない。止めることもできない。ましてや一緒に肯定してしまえば、第三の道など瓦解してしまう。

 マクシムの横顔を見る。静かな覚悟が刻まれたその表情に複雑そうな翳りが走り、しかし仲間たちの決意を前にすぐ掻き消されていく。

「お前たちは勘違いしている」

 マクシムの低い声が熱気を帯びた空気を裂いた。

「これは家族なんかじゃない。守り合う温もりでもない。——罪に加担する共犯者だ」

 静まり返る部屋。その言葉はあまりにも冷酷で、仲間たちが語った絆や救済を一瞬にして否定する響きを持っていた。だが、誰も顔を背けなかった。

「……共犯者、か」

 グウェナエルがわずかに口角を上げる。

「なら、それで構わん。俺は元から兵器だ。今さら何を背負おうと変わりはしない」

「私もよ」

 ロザリーがきっぱりと断ち切るように言う。

「王宮を切り捨てた時点で、私は罪人同然。あなたの罪に連なることが、私の道になる」

「家族よりもいい言葉だと思うな」

 サミュエルが薄く笑った。

「血の温もりじゃなく、意志で繋がっている。——そのほうが美しい」

 一人、また一人と頷き、肯定の声が積み重なっていく。

「それでもいい」

「それでもいい」

「それでいいんだ」

 その言葉は連帯の誓いであると同時に、深い闇に足を沈める合図のようでもあった。

 ソフィーの目には、彼らが光でも闇でもなくただ燃え上がる炎に見えた。

 炎は形を持たず、正邪もなく、ただそこにある。触れれば焼かれる。だが、その熱に惹かれて誰もが離れられない。


 ——この瞬間、彼らは家族を超えた。共犯者として一つに絡み合った、罪の炎だった。

 自分だけが、まだその炎に手を伸ばしていない。

 第三の道を探すと決めた自分は、このまま置き去りにされるのだろうか。

 ……いや、違う。置き去りじゃない。自分で、立ち止まっているだけだ。

 それとも、いつか炎に飲まれるしかなくなるのだろうか。

 問いに答えは出ないまま、視線だけは燃え盛る仲間たちから離せなかった。


 マクシムはソフィーの揺らぐ視線に気づきつつも、軽く目を細めて微笑んだ。

「君たちの覚悟、よくわかった。しっかり受け止めよう」

 隊員たちは胸の奥で火を灯したまま黙って頷く。

 マクシムは続ける。

「実は、計画の実行の時は近い。二月十八日。でも、細かい段取りはまだ詰められていない。何か変化があれば、個別に話すつもりだ」

 言葉の端々には信頼と責任の重みが滲んでいた。

「今日はもう休もう」

 一斉に隊員たちは散っていく。食堂は一気に静寂に包まれた。

 夕暮れの光が砕けて海面を赤く染め、港の波音だけが淡く響いている。

 ソフィーはその場に立ち尽くしたままだった。

 少しでも冷静になろうと、彼女は港へ足を伸ばした。茜色から藍色へと変わる空の下、波間に揺れる光を眺めながら、静かに自分の意思を整えようとする。

 ——復讐を否定するのではなく、力として未来に繋げる道。

 何度も心の中で反芻するその言葉だけが、今の自分にある灯だった。

 炎に近づきすぎても、離れすぎてもいけない。近づけば飲まれ、離れれば届かない。それだけは、わかっていた。

「……私は、この道を見つけなければ」

 冷たい海風が頬を撫でる。港に落ちる夕闇の中で、ソフィーはただ静かにその言葉を胸の奥へ刻んだ。


 ——復讐の炎に巻き込まれずに希望を運ぶ道を探す。

 マクシムの側で光を差すための戦いを私はやめない。

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