第六章① ソフィー
サン・マロから帰還して間もない頃。思わぬ訪問があった。
宿舎の扉が静かに開き、ソフィーは足を止める。
そこに立っていたのは、久しぶりに顔を見る叔父と叔母だった。
「叔父さん、叔母さん……来てくれたんですね!」
思わず駆け寄り、二人を抱きしめる。短い沈黙のあと、穏やかな空気が流れた。だがジャンは、わずかに表情を曇らせる。
「ソフィー。会えて嬉しいが……大事な話がある。ここでは話しにくい」
クラリスも静かに頷いた。
ソフィーは一瞬だけ考え、すぐに微笑む。
「わかりました。いい場所があります。外に出ましょう」
こうして、三人だけの時間が始まった。
石畳の通りを抜け、小さな広場へと辿り着く。古い噴水が静かに水を落とし、周囲は人目も少ない。
ソフィーは深く息を吸い、二人を見た。
「ここなら大丈夫です。聞かせてください」
ジャンは椅子に腰を下ろし、静かに口を開く。
「……男子継承者を欠いた我が家は、このままでは屋敷を維持できない」
ソフィーはゆっくり頷いた。
「貴族社会の慣例で……追い出されるのですね」
「そうだ。やむを得ず移転を決めた。ただし、これは単なる引っ越しではない」
ジャンは真っ直ぐにソフィーを見た。
「家名を守るために、君の力が必要だ」
その言葉には、信頼と覚悟が滲んでいた。ソフィーは一歩前へ出る。
「承知しました。ルノアール家の一員として、最善を尽くします」
ジャンは満足げに頷いた。しばらくして、地図が広げられる。
「移転先は沿岸部を考えている。補修、管理、処理……やることは多い」
「準備はすぐ始めます」
ソフィーは迷いなく答えた。ジャンは目を細める。
「まずは体を休めろ。焦る必要はない」
その言葉に、ソフィーはわずかに肩を落とす。
「……もし私が男なら、もっと自由に継承できたのに」
クラリスが静かに首を振った。
「それはあなたの責任ではないわ。家の問題よ。運命として、受け入れているわ」
「……運命、ですか」
ソフィーは小さく呟く。
「海軍では女性でも地位を得ているのに……」
「今の海軍が特殊なのだ」
ジャンが穏やかに返す。
「実力主義を掲げているのは大元帥の方針だ」
ソフィーは苦笑する。
「ですが現実は簡単ではありません。私の部隊は……押し付け合いの結果ですから」
だがその目には誇りがあった。
「それでも、居場所は守っています」
ジャンは頷く。
「部隊長は苦労しているだろうな」
「いいえ。とても穏やかな方です」
ソフィーの顔に自然と微笑みがこぼれる。
「隊長がいるから、私たちはやっていけるんです」
「良い仲間に恵まれたな」
静かな時間が流れる。
「……私は幸運です。仲間にも、家族にも恵まれている」
ソフィーの言葉に、ジャンは立ち上がり肩を叩いた。
「その通りだ。君は一人ではない」
ソフィーは静かに頷く。やがてジャンが話題を変えた。
「今回の海賊襲撃だが……大元帥と総司令部が指揮をとったと聞いた」
ソフィーは静かに頷き、表情を引き締めた。
「やはり、貴族間でも知られているのですね。はい、私も皆様と直接お話しいたしました」
叔父夫婦、特にジャンは目を見開いた。
「な、なに? それで、その……」
一瞬、言葉に詰まったあと焦るように問いかけた。
「みんな、元気だったか?」
ルノアール家は代々軍医を輩出してきた名家だ。
叔父も軍医ではないが、かつては軍に従事しており戦場での生死や部下の健康には敏感だった。
ソフィーは少し肩をすくめ、笑みを浮かべる。
「元気というか……さすがの威厳でしたよ。少々揉めましたが」
ジャンの眉がぴくりと動き、目を大きく見開く。
「揉めたァ!? 一体何を……」
ハラハラした声に彼の心配が滲む。ソフィーは軽く手を振り、柔らかい微笑みを見せる。
「大丈夫です。皆さま寛大な御心でお許しいただきました」
微笑みの奥にまだ解決していない揉め事の影を滲ませながら、ソフィーは叔父の安心を優先した。ジャンとクラリスはほっと胸をなで下ろし、少し肩の力を抜いたように見えた。
「そうか……よかった。君が無事で、皆も元気で……何よりだ」
そしてソフィーは、少し胸を張る。
「それに、私たちの部隊がサン・マロを奪還しました」
ジャンとクラリスは目を見開く。
「それは大した功績だ……!」
「皆で成し遂げたことです」
誇りを滲ませながらも、ソフィーは静かに言った。ふと、思いついたように顔を上げる。
「叔父さん、移転先ですが……ヴール・レ・ロズはどうでしょう?」
ジャンの動きがわずかに止まる。
「あそこは私の故郷です。とても良い場所で——」
だが、ジャンはゆっくり首を振った。
「……それは難しい」
「え?」
「事情がある」
ソフィーは眉をひそめる。
「……もしかして、大元帥の別荘があるからですか?」
一瞬、ジャンの表情が固まる。だがすぐに、静かに頷いた。
「そうだ。我々が安易に近づける場所ではない」




