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第五章⑦ マクシムとソフィー

 昼光が港の水面に反射して白く輝く中、マクシムとソフィーは静かに桟橋に立っていた。

 戦場を駆け抜けた後の隊員たちは宿舎に向かい、港は一瞬の静寂に包まれる。

 マクシムは腰に帯びた剣を外し、深く息をついた。戦闘の熱気はまだ手のひらに残り、心臓の奥がざわついていた。横に立つソフィーは髪を風になびかせながら、手に持った医療道具の包みを抱えていた。その瞳は戦闘中の鋭さとは違う、穏やかながらも緊張を帯びている。マクシムは以前の中庭での言い争いの場面を思い出した。

「……あのさ」

 マクシムは言葉を選びながら口を開いた。二人の間に微かな緊張が残る。言葉を荒げ、互いを傷つけたあの夕暮れの記憶。胸が痛む。

「……あの時は、悪かった。あんな言い方をして……」

 マクシムの声にはただ謝るだけではなく、守りたいがために余計なお節介を焼いていた自分への後悔が混ざっていた。

 ソフィーは一瞬目を細めるが、マクシムの姿を思い出してゆっくりと頷いた。

「私も……あの時は言い過ぎました。あなたの気持ちも知らずに、勝手に傷ついて」

 マクシムは深く息を吐く。ソフィーが自分の力で戦場まで駆けつけた姿を思い浮かべて胸が熱くなる。

「そうか……君は一人でも、自分を守って進めるんだね。もう余計な口を挟むつもりはない」

 ソフィーは小さく微笑む。

「ありがとうございます、隊長。あなたも、もう自分を責めすぎないで」

 二人はお互いを見つめながら、かつての言い争いの痛みを少しずつ溶かしていく。港に差し込む昼光が水面の波紋に揺れながら二人を優しく包んだ。

 マクシムは肩の力を抜き、静かに手を差し伸べる。

「さあ、そろそろ戻ろうか」

 ソフィーはその手を取り、二人は並んで港を歩き出す。港の波音を背に、マクシムとソフィーは穏やかに歩き続ける。戦場の緊張はまだ胸に残っているが、互いの視線に不安はなく、どこか安心感が漂っていた。

 ダヴィット、リラ、ジョルジュの三人は、少し離れた路地の角から二人の様子を見守っている。

「まったく、やっと謝ったのね。世話の焼ける二人」

 リラが肩を揺らして笑う。

「ほんとだよな。何度もぶつかり合って……でも、やっと向き合ったか」

 ダヴィットが肩をすくめ、微笑みを浮かべる。

「二人とも頑固だからなー」

 ジョルジュが腕を組んで小さく笑う。

「これで、やっと安心して歩ける」

 リラが口元を緩める。隊員たちは肩を並べ、港の石畳を踏みしめながら互いの無事を喜びつつ、ゆっくりと宿舎へ向かう。道すがら笑い声が小さく交わされる。

「いやーボクたち、無事に帰れてよかったですね」

 ジョルジュがぽつりと言うとダヴィットも頷いた。

「ほんとだ。港から街中、あんなに駆け回ったのに、誰も大きな怪我をせずに済んだ。さすが」

 ソフィーは小さく笑いながらマクシムの手元に目をやる。

 マクシムも軽く頷き、穏やかな視線をソフィーへ返した。だがその瞳の奥では、さっきの戦場で確かに見た光景がゆっくり形を結んでいく。

 ——迷わず踏み込んだ彼女。

 ——誰の加勢も待たず、己の足だけで道をこじ開けた姿。

「……もう、余計なお節介は焼かない」

 言葉にすると、胸の奥に張りついていた重みが音もなく剥がれ落ちていった。

 その瞬間、彼の中にひどく澄んだ空白が生まれた。

 ——ああ……もう、守らなくていい。

 不思議なほど静かで、深い場所から湧き上がる実感。その空白は恐怖ではなく、鋭く冷えた力に満ちていく。

 ——なら……おれは、やっと自分の道に戻れる。

 ソフィーという守るべき対象から解放された心は驚くほど軽かった。

 軽くなったぶん、その奥に眠っていた黒い炎が呼吸を始める。

 ゆっくりと、復讐の名を持つ炎が静かに息を吹き返す。

 マクシムは無意識のうちに歩幅を広げた。仲間たちと並んで歩きながらも、その胸の内には誰にも気づかれない微かな高揚が走っていた。

 ——これで、迷わず進める。

 昼の光は柔らかく隊を包む。だが彼の内側で燃え始めたものだけは、誰にも触れられないほど冷たく強かった。宿舎の門が見え始め、隊員たちの笑顔が少しずつ広がる。

「休もう」

 マクシムの一声で皆の歩調が揃った。

 穏やかな昼の光の下、戦いを共に生き抜いた仲間たちは初めての安堵を胸に宿舎へと戻っていった。

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