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第五章⑤ マクシミリアン隊

 朝の淡い光が差し込む広場。

 硝煙の匂いと戦いの痕が、まだ石畳に残っていた。マクシミリアン隊は剣を収め、互いに安堵の視線を交わす。その時、空気が揺れた。

「……蹄の音?」

 グウェナエルが顔を上げる。石畳を打つ低い音が近づいてくる。影が広がり、ヘイロンの巨躯が姿を現した。

「ソフィー……!?」

 マクシムの目が見開かれる。

 黒馬の上、髪を風に流しながらソフィーが駆け込んでくる。その後ろにはリー・ウェンの姿。

 ソフィーは地に降りるや否や駆け寄った。

「マクシミリアン隊、ご無事ですか!?」

 マクシムは一瞬、言葉を失う。

「……ソフィー、どうしてここに」

 マクシムは呆然と立ち尽くし、拳を握りしめる。胸中に一気に込み上げる安堵と驚き。

「……ソフィー、ここまで……まさか、駆けつけてくれるとは」

 ペネロペやリラも目を丸くし、思わず息を呑む。普段冷静なマクシムが完全に動揺しているのを見て、誰もがその場の異様さを感じ取った。

「……ちょっと隊長、泣きそうになってます?」

 ジョルジュが小さく笑いを漏らす。

 マクシムはぐっと唇を噛み、声を震わせながらも答える。

「……いや、いや、驚いただけだ……」

 ソフィーは駆け寄り、マクシムの肩を軽く叩く。

「もう大丈夫よ。あなたたちは生きてる。街も無事だし、海賊もほぼ片付けたでしょ?」

 その言葉にマクシムは力なく頷き、やっと呼吸を整えた。隊員たちも次第にほっとした表情に変わる。

 リー・ウェンはヘイロンの首を撫でながらソフィーを横目で見る。

「無事で何よりですな」

 マクシムはしばらく目を見開き、ソフィーを見つめたまま静かに言葉を漏らす。

「……ありがとう、ソフィー。来てくれて」

 ソフィーは小さく微笑み、周囲に視線を移す。

「みんな、本当に無事でよかったです」

 ソフィーの言葉に、一堂がわずかな安堵が落ち着き始めたその頃。

 ロザリーだけはその場の空気と切り離されたように動かず、倒れたピエールを凝視していた。彼女の表情には恐れでも怒りでもない。思い出そうとしているような、深い戸惑いがあった。

 そんなロザリーの異変に気づいたシャルルが、そっと彼女の隣に歩み寄る。

「どうしたんだい、ロザリー。……彼、何か気になるの?」

 ロザリーはゆっくりと息をのみ、微かに揺れる声で答えた。

「この人……ただの刺客じゃないわ」

 シャルルの眉がわずかに跳ね上がる。

「……どういう意味だい?」

 ロザリーはピエールの顔を見つめ、確信を固めるように言った。

「ダラス家よ。それも、三男」

 シャルルは目を見開き、一瞬呼吸を忘れたように言葉を失う。

「ダラス家、だと……?」

 ロザリーは膝をつき、ピエールの顔を見つめながら呟く。

「どうして……ダラス家の人間が私たちを? わからない……」

 沈黙の中、その声に反応するようにリー・ウェンが歩み寄ってきた。彼は無言でピエールの左手首をつかみ、そこに嵌められた金の腕輪を鋭く見据える。やがて、小さく意味深な声で言った。

「……なるほど」

 シャルルが不安そうに眉を寄せる。

「リー・ウェン、何かわかったかい?」

 リー・ウェンは立ち上がり、落ち着いた声で告げた。

「この男は、わたしたち──組織の方で預かりましょう。少し、調べたいことがあります」

 シャルルもまた、決意した顔で頷く。

「……ぼくも調べたいことがある」

 そう言ってシャルルはピエールの左手にそっと触れ、金の腕輪を慎重に抜き取った。光の角度で紋様がうっすら浮き上がり、彼の表情にさらなる思考の影を落とす。

「これだけ……預かっていても構わないかな?」

 リー・ウェンは腕を組み、シャルルをじっと見つめたあとで肩をすくめるように答えた。

「まあ、いいでしょう。あなたが何を探りたいか……知りませんが」

 その言い方にシャルルは皮肉を軽く流すように微笑んだが、目の奥だけは鋭く光ったままだった。その裏で、広場はゆっくりと日常を取り戻し始めていた。市民が戻り、屋台が開き、子どもたちの声が響く。

 マクシミリアン隊は広場の一角に集まり、息を整えながら互いの武器を拭い、剣の刃に残る僅かな血を丁寧に拭い取りながら戦闘の興奮から徐々に冷静さが戻る。

 ソフィーは軽く息を吐き、疲れた顔で隊員たちに声をかけた。

「皆さん、怪我は大丈夫ですか?」

 リラが肩の力を抜き、剣を鞘に収めながら言う。

「大丈夫。……でも、次からは増援が欲しいわね」

 シャルルは地面に膝をつき、オレンジの髪を乱しながら笑みを浮かべる。

「計画通りです。火薬も効果的でしたし、市民も無事。やはり、準備が肝心だな」

 ペネロペは後ろで武器を磨きながら、軽く笑った。

「ま、港の爆破は派手すぎたかもね。でもおかげで敵は大混乱。やる価値はあったよ」

 ダヴィットが腕を組み、広場の石畳を見下ろす。

「それにしても……市街戦ってのはやっぱり息が詰まるな。俺たちが動くたびに石壁が敵味方を分ける。面白くもあり、恐ろしくもあり……」

 マクシムは隊員たちを見回し、短く頭を下げる。

「皆さん、ありがとうございました。全員無事で作戦を終えられました。今日の勝利は、皆さん一人一人の働きの結果です」

 ソフィーは少し照れくさそうに笑い、肩を揺らす。

「マクシム隊の皆さん、戦い方は手練れだけど、こうして笑顔で立てるのはやっぱり嬉しいですね」

 カルロータとディッキーも合流する。

「市民は戻り始めてるよ!」

 空気が完全に変わる。戦場は、街に戻る。

「——次は、象徴を立てます」

 マクシムは広場の奥にそびえるサン・マロで最も高い建物を見上げた。朝の光を受けて石壁が淡く輝き、屋上へ続く螺旋階段が彼らを待っている。

「よし。皆、上がるぞ」

 ダヴィットの号令に、隊員たちは軽やかに階段を駆け上がる。剣を携えたまま呼吸を乱さず、一歩一歩確実に屋上へと向かう。

 シャルルはオレンジの髪を揺らしながら先行し、屋上に辿り着くと周囲を見渡した。石造りの建物群、狭い路地、遠くには港の波が朝日に照らされてキラキラと輝く。

「完璧な視界だ。ここから街全体を見渡せる」

 彼は短くつぶやき、旗を掲げる位置を指差す。

 リラは背後から息を切らせながら駆け上がってきて、マクシムに笑みを浮かべる。

「隊長、見てください。この街がまた活気を取り戻してますよ」

 マクシムは微かに笑みを返し、旗を手に取った。手元の布は海軍の紋章があしらわれ、戦いの勝利を象徴するにふさわしいものだ。

「皆さん、準備はいいですか?」

「いつでも!」

 旗が掲げられる。風を受け、青と白の海軍旗が大きく翻った。広場がざわめく。

「海軍の旗だ!」

 子どもたちが指をさし、商人たちが手を止める。街に、安堵が広がる。

カルロータとディッキーも、宿屋ラ・プティット・トゥルの前で市民を見守りながら声を張った。

「さあ、皆! 安全が確保された。広場に戻っても大丈夫!」

「混乱した道は整理されたよ、安心して遊んでおいで!」

 ディッキーは元気いっぱいに駆け回り、子どもたちと笑顔を交わす。

「これでサン・マロは守られた」

 マクシムは旗を掲げた屋上から広場を見下ろし、達成感とともに小さく笑う。

 シャルルはオレンジ色の髪を風になびかせ、隊員たちに向かって軽く手を振った。

「我らの任務、無事完了。ですが、油断は禁物ですな」

 その時、グウェナエルが手をかざして波間に漂う帆船を見つけた。

「あれは……?」

 第三艦艇部隊の補給船が、帆を膨らませてこちらに向かってくる。

「……俺たちを迎えに来たのか」

 グウェナエルの声には戦いを終えた安堵と少しの驚きが混じっていた。

 サミュエルは肩越しに船影を確かめると静かに答える。

「海で戦い、海から帰還する者は、陸路より海路の方が早いのだ。迎えに来てくれたのも自然の成り行きというものだろう」

 ジョルジュはにっこりと微笑み、海を見つめる。

「それに、ボクたちには海の神がついています。波と風、そして海の力が、穏やかに心を洗い流して還らせてくれるはず」

 グウェナエルは深く頷き、サミュエルとジョルジュの言葉を胸に刻んだ。

 港に向かう準備はすでに彼らの心の中で整った。疲労はまだ残るが、海が迎えに来てくれるという確かな希望が全員の胸に静かに灯る。

 マクシムは旗を見上げ、そして海を指さした。

「行きましょう、皆さん。海が待っている。——我らの帰路が」

 マクシミリアン隊は屋上から港に降り、補給船の甲板に次々と足を踏み入れた。潮風が顔を撫で、海の匂いが戦闘で張り詰めた神経をゆっくりとほぐしていく。

「助かった、心から感謝する!」

 マクシムは甲板の補給船員たちに深く一礼し、真摯に言葉を紡いだ。

 船員たちは肩をすくめて、控えめに笑った。

「いえ、隊長。我々の任務はあくまで補給です。無事で何より」

 そのとき、第三の補給船員がマクシムの方を向いて淡々と告げる。

「でも、正確には自分たちよりアルフォンス・シャトレ司令官に御礼を言うべきです。私たちはただ指令を受けただけで……彼がいなければ、この作戦も帰還も、あり得ませんでした」

「……そうか。ならば、アルフォンス・シャトレ司令官に必ず感謝の意を伝えるとしよう」

 マクシムは一瞬表情を引き締め、甲板の向こうの海を見つめた。

「全員、甲板に揃ったな」

 ダヴィットが声をかけると隊員たちは整然と列を作り、各自の装備を再確認する。傷ついた者もソフィーの指示に従い手当を受け、動きやすく調整されていた。サミュエルは隣で剣を抱えて静かに微笑み、ジョルジュは両手を軽く広げて潮風を一身に受けた。

 マクシムは深呼吸をひとつし、隊員たちを見渡す。

「ありがとう、みんな。本当に……」

 言葉は自然と消え、代わりに甲板の潮風と波の音だけが耳に届く。そして船は滑るように動き出した。石畳の街の輪郭が遠ざかり、港の喧騒はやがて波の音に溶けていった。

 マクシミリアン隊は全員、海の神秘に包まれながら、穏やかに力強くブレストへと帰路を進めていくのだった。

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