第五章④ マクシミリアン隊vsダラス家
彼らの様子を慎重に獲物を見極めるように目を光らせる者達がいた。
ピエール・ダラスと彼の私兵たちが、建物の陰に身を潜めている。
ピエールは腕を組み、眉を寄せながらつぶやいた。
「……早すぎないか? 海賊が弱すぎるのか、それともあの連中の戦術が尋常じゃないのか」
そばに控える私兵たちも息を潜めながら隊員たちの動きを見守る。ピエールの声には驚きと警戒が混じっていた。
ピエールは低く息を吐き、鋭い視線を隊員たちに向けた。
「奴らを放置しておけば、我々の秘密は露見する。……容赦はせん、全員始末する」
私兵たちも頷き、腰に手をかける。
「家族の名誉を守るためなら、どんな手でも使え!」
ピエールの指示でダラス陣営は素早く移動を開始した。旧市街の路地や建物の陰に潜み、待ち構える。マクシミリアン隊が作戦後の整理に没頭している隙を狙い、瞬く間に襲撃の構えを整える。突如として静寂を切り裂くように戦闘の火蓋が切られた。
ピエールと私兵たちは一瞬の躊躇もなく、マクシミリアン隊を狙って襲いかかる。
朝靄の残る石畳の広場。
マクシミリアン隊は戦闘後の整理に追われていた。残党の確認、負傷者の手当て。警戒は続いている、はずだった。
——足音。低く、石畳を擦る音。金属の気配。
「お楽しみはこれからだ」
ピエールの声が落ちる。
「海軍ごときが勝ったつもりか?」
次の瞬間、黒い影が溢れた。角から、屋根から、壁から。暗殺者たちが一斉に飛び込み、隊列の脇を縫うように侵入する。一瞬、マクシミリアン隊の意識が遅れた。わずかな隙が生まれる。
マクシムが剣を抜いて飛びかかる敵を弾き、火花が散った。
「……何者だ」
グウェナエルが唸る。跳躍してきた敵の短剣が肩を掠める。グウェナエルが振り払うと、敵は壁を蹴って離脱した。
リラはすでに踏み込んでいた。斜めに斬り上げ、暗殺者の首を裂く。直後、別の影。
後方へ跳ね、足を滑らせるが崩れない。リラは即座に構え直す。
「くそっ……!」
ダヴィットが投げナイフを弾く。刃が壁に突き刺さり、火花が散った。
シャルルは壁際で薄く笑う。
「なるほど……海賊ではないな」
次の瞬間にはもう動いている。混乱は長く続かなかった。互いの視線が交わり、間合いを詰める。
マクシミリアン隊は散した。反撃。狭い路地、石段、入り組んだ通路、すべて利用し、隊は瞬時に立て直す。
リラは路地の角に潜む。敵が通り過ぎる瞬間、背後から斬った。
「……海賊じゃない」
ロザリーとスザンヌが連携し、角で迎撃する。刃と縄が同時に動き、敵を封じる。
「逃がさん!」
グウェナエルが階段を駆け上がり、突き上げるように斬り伏せる。
ジョルジュは高所から飛び込み、逃げる敵を叩き落とす。だが敵も引かない。屋根、梁、影を伝い、間合いを詰めてくる。奇襲の精度が高い。
ペネロペが周囲を見渡した。
「次、来るよ」
サミュエルが路地を塞ぎ、連続の斬撃で押し返す。広場ではダヴィットとジョルジュが並び立って連携しながら敵を追い詰める。
「ここだ!」
崩れた一瞬を逃さず、ジョルジュが相手の首を斬り裂く。
リゼーヌが屋上から跳躍し、逃走しようとした敵を貫く。動きは静かで正確だった。
ロザリーは屋根を渡り、次々と敵を仕留める。音もなく、確実に。
スザンヌは角で待ち、現れた敵を闇討ちする。
すべてが連動していた。視線、呼吸、間合い。隊は再び統率を取り戻す。だが、違和感は消えない。動きが違う。慣れている。
マクシムは剣を構えたまま、その気配を追った。彼の視線の先、朝靄の奥にひとりの男。
ピエール・ダラス。そして、彼の背後に、まだ残る影。
——終わっていない。
マクシムは深く呼吸を整え、剣を握り直す。
「これ以上の抵抗は無駄です」
「フフフ……そう思うか、海軍ごときがオレを止められると思うなよ」
ピエールは低い声で嗤う。その眼光は暗殺者として鍛え抜かれた冷徹さを宿していた。
両者が互いの間合いに踏み込み、石畳の上で剣が交錯する音が響く。
マクシムの剣先が光を切り裂き、ピエールの攻撃を跳ね返す。互いの息が荒くなり、わずかな油断が命取りになる緊張感が広場に満ちた。
「ここで終わるか!」
マクシムが叫び、渾身の力で斬りかかる。
ピエールは素早く身をかわし、逆に小刻みに斬撃を放つ。
マクシムは一瞬の隙を見逃さず、ピエールの剣を跳ね上げながら反撃に転じる。剣先がピエールの肩にかすめ、彼の防御を揺るがす。ピエールの目がわずかに驚きに見開かれるが、すぐに冷静さを取り戻す。
周囲の隊員たちはマクシムとピエールの戦闘を見守りつつ残りの私兵を押さえ込む。リラやグウェナエル、ダヴィットらが次々と暗殺者の残党を制圧し、広場の安全を確保した。
「あなたが何者かわかりませんが、僕たちに楯突く以上は始末あるのみ」
マクシムの声には冷静な決意と怒りが宿っていた。
ピエールは冷ややかな笑みを浮かべ、血に濡れた剣を構え直す。
「……ふん、覚悟はできているようだな。ならば最後まで楽しませてもらおう」
一瞬の静寂。次の瞬間、剣と剣が激突し、金属音が広場の空気を裂く。
マクシムは積み重ねた作戦経験と冷静さを武器に少しずつ相手の動きを読む。対するピエールは執念を燃やし、悪辣な策の裏付けとなった鋭い剣筋を繰り出す。しかし、その動きにわずかな鈍りが生じた瞬間──マクシムは全身の力を込めて踏み込み、斬撃を放った。
「……これで終わりだ!」
剣先がピエールの胸元へ迫る。朝の光が煙の合間から差し込み、二人を照らし出した。その瞬間──
「待って!!」
甲高い声が戦場に響きわたり、マクシムの動きがわずかに揺らぐ。
ロザリーが駆け寄り必死に叫んでいた。
「殺さずに……! 峰打ちをお願いします!!」
驚くマクシム。しかし彼は一瞬で判断を切り替える。
剣を返し、刃を峰にして軌道を変えた。
ドッ──!
重い衝撃がピエールの肩口に叩き込まれ、彼の身体は崩れ落ちて石畳に倒れ込む。気絶はしているが、確かに息はある。
「ロザリー、どうして……?」
マクシムが息を整えながら問うが、ロザリーは顔をこわばらせたまま倒れたピエールを凝視していた。
「……この人の顔に……見覚えがあるんです。どうしてかは、まだ……わかりません。でも……殺すのは、駄目です」
ロザリーの声は震えていたが、確固たる意思を帯びていた。周囲では最後まで抵抗しようとした私兵たちがマクシミリアン隊に次々と制圧されていった。
広場に静寂が訪れる。煙と硝煙の匂いの中、隊員たちは互いに息を整え、互いの無事を確認する。リラが短く息をつきながら斜めに視線を送った。
「……これで、本当に終わったのね」
マクシムはまだ剣を握ったまま、ピエールの倒れた姿を見下ろす。怒り、決意、そしてほのかな安堵が混ざる複雑な表情。手元の剣をゆっくりと地面に置き、深く息を吐いた。
「……終わった……」
シャルルは肩越しに隊員たちの状況を確認し、冷静に指示を出す。
「残党はいませんね。市民への被害も最小限です。これで街は、ほぼ安全になりました」
港側では爆破担当のグウェナエルやサミュエル、ペネロペ、ジョルジュが火薬の処理を終え、撤収の準備を整えている。各隊員の顔には、戦闘の緊張から解放された疲労と、少しの満足感が交錯していた。
アニータが宿屋から顔を出し、避難を終えた市民たちの安全を確認して報告する。
「市民のほとんどは街の外へ避難させたよ。これで安心して」
アニータも笑顔を見せ、手を上げて隊員たちを迎えた。
マクシムは静かに頷き、隊員たちに目を向ける。
「皆さん、よくやりました。街も無事、市民も無事です」
ペネロペが剣を鞘に収め、肩で息をつきながらも笑みを浮かべる。
「……でも、やっぱり海賊ども弱すぎない?」
その言葉に隊員たちは少し苦笑しながらも、達成感に包まれた空気が広がる。
夜明け前の薄明かりの中、マクシミリアン隊は疲労と興奮の入り混じった静かな勝利を噛み締めていた。そして、マクシムはピエール・ダラスの倒れた姿を一瞥し、静かに心の中でつぶやく。
「もう、二度と、誰も、この街を脅かすことはない」




