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第五章① マクシミリアン隊

 石畳に覆われた旧市街の入り口に、マクシミリアン隊は身を潜めていた。サン・マロの港側からは酒と喧噪の声が届く。入り組んだ路地には海賊どもが屯しているのだろう。

「……おかしい」

 ペネロペが眉を寄せた。

「あたしたちを乗せた馬車が乱暴に降ろしたと思えば、すぐ帰っていった。あれ怪しいよ」

「やっぱりそう思うよね?」

 スザンヌが短くうなずく。

「奴らがどう仕掛けるにせよ、僕たちが一気に突っ込んで囲まれるのは御免です」

 マクシムの苦言を聞き、壁にもたれていたシャルルが口元に笑みを浮かべた。

「じゃあ、こうしましょう。皆さんの火薬を少し拝借して、やつらの巣の手前で派手に鳴らすんです。海賊というのは基本、火薬の匂いに敏感ですからな。大砲かと思って慌てて飛び出してくる。その隙に私たちは別の路地からすり抜けて、中枢に近づく」

「つまり、こちらは本隊を隠したまま囮を仕掛ける……」

 ダヴィットが腕を組み、顎を撫でる。

「連中が外に釣り出されれば、旧市街の住民を巻き込まずに済むってことか」

「なるほど。少ない火薬でも効果的に騒ぎを起こせるわけですね」

 リゼーヌも目を光らせる。

 マクシムは一瞬だけ目を閉じ、決断を下した。

「よし、シャルルの策に乗りましょう。手筈通り爆ぜてください」

「お任せください」

 シャルルが肩の袋から火薬を取り出し、空き樽に詰め込み始めた。ダヴィットが火打石を取り出し、準備を整える。やがて裏路地の奥で轟音が炸裂した。石壁がびりつき、火花と黒煙が立ち昇る。

「大砲だッ!」

「どこから撃ってきやがった!」

 怒鳴り声が次々とあがり、港に屯していた海賊どもがざわめきながら表通りへと雪崩れていく。

「今だ、動け!」

 マクシムの号令とともに、一行は人影の薄くなった路地を抜けて石畳を滑るように駆け抜ける。入り組んだ旧市街の中、やがて小さな木製の看板を掲げた建物が見えた。軒先には手入れの行き届いた植木鉢が並び、どこか家庭的な温もりを漂わせている。

「……ここだな」

 ダヴィットが息を整え、看板を見上げる。

《ラ・プティット・トゥル》。

 ソフィーと以前訪れた宿屋の名だった。

 マクシムが扉を二度、力強く叩いた。しばらくの沈黙のあと扉が勢いよく開き、勝気な声が飛んできた。

「誰だい、こんな時にって、あんたたち……!」

 現れたのは短く刈った黒髪、赤い腰巻を揺らす褐色の女主人カルロータだった。その瞳がマクシムとダヴィットを認め、驚きと安堵の色を浮かべる。

「カルロータさん……お久しぶりです」

 マクシムが深くうなずいた。

「急ぎ協力を頼みたい。街に巣食う海賊どもを一掃するためです。僕たちは市民を巻き込みたくはないのです」

「はっ、まったく海軍も人使いが荒いね」

 カルロータは片眉を吊り上げ、腕を組む。

「言われなくても市民を黙って危険に晒すつもりはないよ。あたしが声をかければ避難ぐらいすぐに広まる」

 その後ろから栗色の髪の青年が顔を出す。

「カルロータさん、どうしたんすか……って、海軍の方々?!」

 小柄な体を弾ませて現れたのはディッキーだった。彼は目を輝かせながらマクシムたちを見つめていた。

「ディッキー、あんたもだ。避難の声を広げな。光るもんに目が利くんだろう? だったら、人の才覚ってやつを信じてみな」

 カルロータが命じるとディッキーは勢いよくうなずいた。

「わかりました、カルロータさん! すぐに街中に声をかけます!」

 カルロータはマクシムへ向き直る。

「ソフィーの仲間なら、命張る覚悟はある。あんたたち、うちを拠点にしなよ。市民の避難はあたしたちに任せて、思いっきり暴れてきな!」

 マクシムは静かに頷き、握った拳を胸に当てた。

「恩に着ます」

 その言葉にカルロータはにやりと笑って応じた。


 カルロータが手際よく卓を片付け、食堂の中央に粗末なランプを置いた。

「好きに使いな。どうせ今夜は客なんざ来やしないさ」

 彼女は肩をすくめて奥に引っ込み、場をマクシムたちに預けた。灯火の下、シャルルが手帳に描いた旧市街の簡略な地図を卓上に広げた。

「さて……皆さん。ここからが本題です」

 彼は指先で港と市場を結ぶ道をなぞりながら穏やかに口を開いた。古びた食堂の窓は厚い板で閉ざされ、外のざわめきはほとんど遮られていた。かすかな海風とともに、遠くで響く怒号や金属のきしむ音が、薄闇の奥でくぐもって伝わってくる。卓を囲む者たちは声を潜め、呼吸さえ重く響くほどの沈黙に包まれていた。

 シャルルの指先は確かに旧市街の道筋をなぞり、敵の喉笛を狙う剣の切っ先のように鋭かった。

「作戦二。市民を装った潜入です」

 囁く声さえ空気を震わせ、皆が無意識に身を乗り出す。

「旧市街は市場が張り巡らされ、朝な夕なに人の出入りが激しい。海賊どもは市民に紛れているように見せかける者もいますが逆を突くのです」

 シャルルは微笑み、声を落とした。

「市場は網の目のように広がっている。奴らは必ず物資を求めて現れる。この作戦を担う方には市民のふりをして市場に立っていただきます。表向きはごく普通に振る舞い、連中が油断して近寄ってきたら……袋叩きか、闇討ちを」

 リラの眼差しが鋭く光り、ロザリーは無言で唇を結ぶ。スザンヌは一瞬だけ目を伏せたが、ダヴィットが低く「守るのは俺の役目だ」と告げると、彼女は震える息を整えた。リゼーヌは小さく微笑んだが、その瞳の奥には獲物を見据える猛禽の光があった。

 シャルルは次に羊皮紙の端、港を指差した。

「作戦三。港の封鎖。奴らの血脈は船です。逃げられれば再び群れを成す。だが……退路を断てば奴らは陸に取り残され、ただの獣と変わらない。火薬を用いて係留索を切り、船を港から流していただきたい」

「つまり、連中を陸に閉じ込めるわけか」

 ジョルジュが納得したように呟き、彼の拳が卓を打って乾いた音が静寂を裂く。

「ならば、港ごと鎖を切り落としてやる」

 サミュエルは冷笑を浮かべ、「燃える仕事だな」と囁く。ペネロペはすでに脳裏で数十通りの進入口を思い描いているのか、表情を凍り付かせたまま頷いた。グウェナエルは低く「必ず塞ぐ」とだけ言い、声を殺した。

「以上が私の策です。ご決断を、隊長」

 最後にシャルルの視線がマクシムに移る。全員の目がそこに集まる。息遣い、心臓の鼓動までが伝わってきそうな張り詰めた空気。

 マクシムは皆を見渡した。やがて深く息を吸い込み、刃のような声音で命じた。

「二手に分かれましょう。リラ、ロザリー、スザンヌ、リゼーヌ、ダヴィット。市場で潜入です。市民を危険に晒さず、仕留めてください」

「承知!」

 メンバーの声が重なり、火花のように散った。

「サミュエル、ジョルジュ、ペネロペ、グウェナエル。港を封鎖してください。奴らの逃げ場を消し去り、港に二度と陽が昇らぬように」

「了解!」

 卓が揺れるほどの決意が返る。そしてマクシムは静かに自分とシャルル、アニータの名を挙げた。

「我ら三人はここで待機します。髪の色も、この顔も、目立ちすぎる。負傷者が出ればアニータが即応する。ここは砦です。戻る場所を必ず守る。……ここは、僕が残ります」

 沈黙の後、誰かが唾を飲み込む音が響いた。灯火が揺れ、影が壁を這う。まるで全員の背に、これから流れるであろう血の匂いがすでに貼り付いているかのようだった。

 マクシムは最後に言葉を絞り出した。

「——海賊に夜明けを渡すな」

 その瞬間、食堂の空気は鋼のごとく固く閉ざされた。

 誰もが立ち上がり、命を懸けた戦場へと歩み出した。

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