第四章⑦ それぞれの場所にて
宿舎前の舗道は慌ただしい活気に包まれていた。
急遽、出動することになったマクシミリアン・ブーケ隊の隊員たちが装備を整え馬車へと次々に乗り込んでいく。腰に帯びた金属がカチャリと鳴り、武器の手入れをする音が小さく響く。
先頭を走る馬車の中ではマクシム、リラ、ダヴィット、シャルルが身を寄せ合いながら座っていた。
ダヴィットが小さく息を吐き、口を開く。
「……国王勅令の極秘任務、ですか」
シャルルは腕を組み、窓の外を見つめながら少し皮肉めいた声で言った。
「自分たちだけで海賊の一掃。街を燃やした方が早そうですね」
リラは心配そうに、真剣な目でマクシムに問いかける。
「隊長、本当にソフィーを連れて行かなくてよかったんですか?」
マクシムはすっと目を細め、リラの視線を受け止めて答える。
「待て、と言ったのはあなた方ですよね?」
その一言に馬車内の空気が一瞬固まる。
リラは軽く眉をひそめ、ダヴィットは口をつぐむ。シャルルは小さく舌打ちし、窓の外を見つめて唇を噛む。
ギスギスとした緊張感が馬車の揺れとともに四人の間に漂った。
任務の重圧、互いへの信頼と疑念が入り混じり、先頭馬車は静かに確実にサン・マロへと向かっていく。
ブレストの街中、午後の日差しが石畳を淡く照らす。
ベルリオーズとルソーは人混みを縫うように歩き、やがて小さなカフェの前にたどり着いた。
ルソーが肩越しにベルリオーズを見る。
「お前のカラスを飛ばすまでもなかったかもしれんな」
ベルリオーズは苦い笑みを浮かべながらカフェの扉を押す。
「第二部隊の住民聞き込みによれば、ピエール・ダラスは呑気にブレストでバカンス中らしいです。……そんなことあるかと思いますが、猶予はありません」
二人は互いに視線を交わし、表情に緊張が走る。足取りを早め、カフェの中へと一目散に入った。
店内は昼下がりの静けさに包まれ、コーヒーの香りと小さな談笑が漂う。
ベルリオーズとルソーはカウンターに近づき、周囲の目を気にしながらも目的の人物を探す視線を巡らせた。外の明るさとは対照的に二人の心中には緊迫した沈黙が流れる。
時間との戦い、任務の重さが静かなカフェの空気を張り詰めさせていた。
ベルリオーズとルソーはカフェの奥へと視線を走らせた。彼らの視線の先に、淡く日光を受けて笑みを浮かべ、軽くコーヒーを口に運ぶ男。ピエール・ダラスの姿があった。金の腕輪が怪しく光る。
ルソーが小声でつぶやいた。
「……おい、あいつだな」
ベルリオーズは息を呑む。
「間違いありません。第二部隊の情報通り、呑気にバカンスを楽しんでる……って、随分と悠長なやつですな」
ルソーは額に手をやり、ため息をつく。
「こんな時にのんびりしてる場合かよ……ま、カラスも不要だったってわけだ」
ベルリオーズは素早くメモ帳を取り出し、情報を整理する。
「ここは我々が直接接触するしかありません。俺たち二人で圧をかければ、少しは揺らぐはずです」
ルソーが軽くうなずき、カフェ内の動きを観察する。
「周りの客に怪しまれずに、どう接触するかだな。いきなり脅迫ってわけにもいかん」
ベルリオーズは決意を込めて言う。
「大丈夫です。慎重にやれば相手も焦ります。時間も、迷ってる暇もありません」
二人は静かにテーブルに向かい、ピエール・ダラスに目を光らせながら次の一手を練り始めた。
ベルリオーズは低く声を落とし、ピエールのテーブルにゆっくりと近づく。ルソーもすぐ隣に控え、目を逸らさず相手を睨みつける。
ベルリオーズが言葉を選びながら口を開く。
「ピエール・ダラス殿。私だ、コルヴァンだ。少々お話があるのでお時間をいただきたい」
ピエールはコーヒーを口に運びながら悠然と笑う。
「おや、コルヴァン殿か。久しいな、オレに何か用か? ブレストでのんびりしているオレに……あれ、名前教えたっけ?」
ルソーが片腕を組み、冷ややかに応じる。
「のんびりしてる場合じゃないぞ。貴様の家族、旧ブルボン派との関係、そしてエドガー海賊団との繋がり……すべて国王陛下に知られたくはないだろう?」
ピエールの表情がわずかに引き締まる。
「あんたは!? ……さ、さ、な、なんの話だ?」
ベルリオーズは少し身を乗り出して静かに鋭く告げる。
「国王に知られたくなければ、我々の要求に従え。君の家族、旧ブルボン派の拠点や資金提供に関すること。これ以上、敵対勢力に利する動きは許されない。我々に協力するのだ」
ルソーが補足する。
「つまり……オレたちの指示に従わなければ、貴様の家族や貴様自身の立場は丸裸にされる」
ピエールは一瞬息を呑み、テーブルの上のコーヒーカップを握り直す。
「……わ、わかった。協力する、か……」
ベルリオーズは一歩下がり、ルソーも腕を解く。
「まずは君の協力に感謝する。これで少しは事を運びやすくなる」
カフェ内の光が柔らかく差し込む中、二人の視線は常にピエールから離れず、脅迫は確実に目的を果たしたことを確認した。
その後、ルソーとベルリオーズはカフェの外で馬に跨るピエール・ダラスとその私兵たちを見送ることにした。
ルソーは鋭い目線を送りながら低く声を落とす。
「いいか? マクシミリアン隊が海賊を蹴散らしてなお生きていたら、お前たちがとどめをさせ。そこのお友達にもちゃんと伝えるんだな」
ピエールの側に控える狩猟仲間と称する私兵たちが言葉に軽く頷く。
ピエール自身も顔をしかめながら肩をすくめて応じた。
「わかったわかった。ちゃんと遂行するから、秘密だけはバラさないでくれ」
その言葉を残し、ピエールと私兵たちは一斉に馬に鞍をつけ、街を駆け抜けていった。
ベルリオーズとルソーは視線を最後まで送る。馬の蹄の音が遠ざかるにつれ、二人は静かに胸を落ち着けた。作戦は確実に次の段階へと進んでいる。




