第四章⑥ アルフォンス
午後の会議が始まった。
アルフォンスは整理した第二部隊の報告を基に、サン・マロの現在の状況を共有する。
「港湾周辺の警備は依然厳重です。民間人への被害を最小限にしつつ、上陸地点を確保する必要があります」
イザベルとルソーも資料に目を通し、頷く。
次に協力要請を受けたベルリオーズが口を開いた。
「現地の情勢についても確認済みです。加えて、ダラス家との接触も可能です。三男のピエール・ダラス本人と直接話をつけることができれば、彼らを揺さぶることができるはずです」
ベルリオーズは机の上の資料に目を落としつつ冷静に言った。
「サン・マロの奪還に向け、マクシミリアン・ブーケ隊を派遣する前に、ピエール・ダラス本人と接触する必要があります。私とルソー准将にも同行していただければ、直接脅迫をかけて彼らを揺るがせることができるはずです」
アルフォンスは資料を整理しながら静かに頷く。
ベルリオーズは続ける。
「俺のノクターを飛ばして父上に所在を調べさせましょう。また、各地の情報屋にも協力を依頼済みです」
それを聞いたルソーが眉をひそめ、半ば呆れた声で口を挟んだ。
「……ワタリガラスって、そんな便利なものだっけ?」
ベルリオーズは微かに笑みを浮かべ、冷静に答える。
「意外と侮れませんよ。うちのワタリガラスたちは特殊訓練を受けてます。ワタリガラスの嗅覚と記憶力、そして速さ。更に、情報屋と連携すれば現地での動きも把握できます」
アルフォンスは資料を見返しつつ、この古典的な手段が現代的な情報網と上手く噛み合うことに内心で感心していた。エリオットは資料を手に、静かに声を上げる。
「マクシミリアン・ブーケ隊はこの会議が終わり次第、直ちにサン・マロへ向かわせる。指揮はもちろん、彼自身に一任する」
彼の言葉に、イザベルが眉をひそめる。
「大元帥……それは、あまりにも危険です。隊の安全を考えれば、慎重な準備が必要です」
ルソーもすぐさま反応する。
「オレも同意だ。午前の会議での混乱を思えば、無茶は許されん。隊の派遣にはもう少し時間をかけるべきだ」
アルフォンスは目を伏せ、静かに補足する。
「……戦略的には急ぐ必要があります。ですが、隊員の安全面や情報の精度を考慮すれば、即時派遣は判断が難しいです」
エリオットは深く息をつき、皆の意見を受け止めた後で言葉を続ける。
「承知した。だが、現状を考えれば作戦の遅延は許されない。サン・マロ奪還の時間的猶予はほとんどない。マクシミリアン・ブーケ隊の安全は……必要な犠牲だと理解してもらいたい」
言葉は簡潔だが、その瞳には計算された冷たさが宿っていた。彼の中でサン・マロ奪還は急務であり、マクシム隊には危険が伴うことも織り込み済みである。
ルソーが眉をひそめて低く唸り、イザベルも険しい顔で口を開く。
「大元帥。やはり隊の安全を考えると、早まった行動は……」
アルフォンスは机を叩き、声を震わせる。
「今回は……マクシミリアン隊を、なんとしても犠牲にするつもりですか」
エリオットは顔色ひとつ変えずに答える。
「重要なのは作戦の成功だ。サン・マロ奪還のためなら、隊の安全は二の次だ」
室内に重苦しい沈黙が落ちる。誰もがこの言葉に息を呑む。ルソーの拳がわずかに机に当たる音が響く。それでも作戦の重要性と時間的制約は明白だった。誰も反対意見を押し通せる状況ではない。全員、やむなく頷く。
「……わかりました」
アルフォンスが静かに言った。ルソーもイザベルも、それぞれ重い表情で承認の意思を示す。
エリオットは短く頷き、冷徹な決断をその場に示した。
「よろしい。では、隊は直ちに出発させる」
室内の空気は張り詰め、誰もが沈黙の中で覚悟を確認する。その視線の先には、遠くの街で危険に身を晒すマクシミリアン・ブーケ隊の姿が浮かぶのだった。
アルフォンスは資料を前に身を乗り出した。
「では、具体的な指示に入ります。まず部隊編成ですがマクシミリアン・ブーケ隊は三班に分け、それぞれ侵入ルートを担当させます。第一班は北門方面、第二班は港湾倉庫沿い、第三班は旧市街を経由します」
ルソーが眉を寄せながら資料を覗き込む。
「侵入ルートの警戒は? 警備の配置や見張りは大丈夫か?」
アルフォンスは即座に答える。
「第二部隊の報告を基に、警備の配置は把握済みです。各班には必要な隠密装備と通信手段を配備します」
ベルリオーズがメモを取りつつ口を挟む。
「現地連絡役として、後ほど私から伝令係への協力要請を行います」
アルフォンスが資料を前に説明を続けようとしたその時、会議室の重い空気を切り裂くようにエリオットが立ち上がり、ゆっくりと机の上に手を置いた。
「マクシミリアン・ブーケ隊には、陸路でサン・マロに向かわせる。隊を降ろした馬車は即刻帰還させろ。侵入ルートは一つに絞り、旧市街を経由させるんだ。そして、通信手段は一切使用させるな。完全に孤立させることが条件だ」
その場にいた四人の顔が一瞬で強張る。
「孤立させるだと!? 通信手段も無しとか……」
ルソーの言葉にエリオットは冷たく目を細め、無言のまま資料を一瞥する。
「それでも任務は完遂させねばならぬ。万が一、マクシミリアン隊が生き延びた際は安全策として、ダラス家に隊を排除させる。それが彼らの潰す唯一の保証だ」
ベルリオーズも思わず眉をひそめる。
「……隊を孤立させるのに、ダラス家だけが頼り……ですか」
アルフォンスは机の資料に手を置きながら、冷や汗と共に大元帥の覚悟の深さを理解した。ルソーとイザベルも言葉を失い、エリオットだけが静かに冷徹な決断を胸に抱いていた。
エリオットは静かに会議室の四人を見渡す。その視線は冷たく沈黙を伴った。
「諸君、我が海軍に裏切りを働く者たちを処分できるのだぞ?」
エリオットの低く響く声が室内の空気を震わせる。
ルソーは椅子にもたれかかり、眉をひそめて呟いた。
「だってよ、マクシミリアン隊はお前の推薦で成立した部隊じゃねえか」
イザベルは唇をかみしめ、机の縁を握りしめて黙ったまま。
アルフォンスは資料に顔を近づけ、前のめりになりながらも胸の奥に冷たい重圧を感じていた。
エリオットはゆっくりと頭を下げ、目を閉じた。その沈黙が彼の覚悟をより強く際立たせる。やがて再び目を開け、四人に向けて静かに言う。
「裏切りを企む者だと見抜けず隊を大きくさせたのは、私の責任である。今回の任務を通した、私なりのケジメだ」
彼の言葉に会議室は一瞬息を飲んだような静寂に包まれた。ルソーは腕を組み、唇を固く結ぶ。イザベルは額にしわを寄せ、視線を落とす。アルフォンスは手を机に押しつけ、指先に力を込めた。
倫理的には許されない。だが、ここで異を唱えれば大元帥に逆らうことになる。
エリオットは資料に視線を戻し、背筋を伸ばして静かに次の議題を待つ。その瞳には、計算し尽くされた冷酷さと決断の重みが滲んでいた。
ベルリオーズがノクターの漆黒の翼を見送りながら低くつぶやく。
「おかしいと思わないのか、こんなこと」
アルフォンスは肩越しに街の方向を見やり、ワタリガラスのノクターが小さくなっていくのを見届ける。胸の奥に先ほどの会議で感じた重苦しい空気がまたよぎった。
「うん、正直、気分のいいものではないね」
ベルリオーズが腕を組み、屋上の手すりにもたれる。
「だってよ、隊を派遣するってだけならまだしも、通信を断って完全に置き去りにするって……そんな指示、普通は出さないだろ」
アルフォンスは資料袋を抱え直し、冷たい風に髪を揺らされながら小さく息をつく。
「それでも…… 僕は側近として、大元帥の命令に従わねばならない」
ベルリオーズが苦い笑みを浮かべる。
「それだけ……じゃ、済まされない気がするんだよな」
アルフォンスは拳を軽く握り、視線を街に落とす。ワタリガラスは小さな点となり旧市街の屋根の向こうに消えていった。
「……覚悟は、している」
自分自身に言い聞かせるようにアルフォンスは言った。父の課した側近としての責務がこの瞬間に重なって胸を締めつける。
ベルリオーズはため息をつき、屋上から身を乗り出して街を見渡す。
「……お前は大元帥に従うしかないのか……」
アルフォンスは小さくうなずき、拳をもう一度握り直す。
「ああ。やはり、刃向かう者が悪いんだ。僕の覚悟はここにある」
冷たい風が二人の間を吹き抜け、ワタリガラスの羽ばたきの音が遠くに消えていった。
屋上から街を見下ろすベルリオーズの視線の先に、数台の馬車が走る影が見えた。
「おい、あれはマクシミリアン隊の宿舎に向かう馬車か?」
アルフォンスも視線を追い、頷く。
「そうだよ、すぐに動き出したね」
ベルリオーズは歯を食いしばり、苦笑混じりに呟く。
「こんな早く動けるんなら、海賊との戦闘もさっさと動けただろうに」
アルフォンスは表情を変えず、心の奥でその言葉の意味を理解する。過去の作戦の遅延や混乱、判断の難しさ、そして自分自身の葛藤。全てが頭をよぎる。
ベルリオーズは馬車の列を目で追いながら拳を軽く握り直す。
「……まったく、戦場も事務室も、同じくらい面倒くさいな」
アルフォンスは資料袋を胸に押し当て、冷たい風に吹かれながら静かにうなずく。
「そうだね。すべては、現場で決まることだ」
屋上の二人の間に緊張と覚悟の空気が漂ったまま、馬車はキール通りを縫うように進んでいく。




