第三章⑤ エリオット
エリオットは深く息をつき、執務室の重い扉を静かに閉めた。
室内にはいつも通り書類の山が並んでいる。だが、胸の奥にはまだ整理しきれない余韻が残っていた。
——話してしまった。
ゼフィランサスのこと。ラウルのこと。ミレーユのこと。そして、自分の罪。
「……今は、仕事だ」
低く呟き、机に向かう。ペンを取り、書類に目を落とす。その姿は外から見ればいつもの大元帥そのものだったが、内側ではまだ感情の波が引いてはいなかった。
やがて、扉の向こうから足音が近づく。
「お、まだ生きていたか!」
ルソーが勢いよく入ってきた。続いてイザベルとアルフォンスも室内へ入る。
「エリオット……もう動けるの?」
「ご無理はなさらないでください」
三人の視線が一斉に集まる。エリオットは軽く肩をすくめた。
「ああ、問題ない。執務には支障はない」
エリオットの返答に、三人は小さく安堵の息を漏らすが、その空気はすぐに別のものへと変わった。
イザベルが静かに口を開く。
「……ソフィーと、何を話したの?」
エリオットは一瞬だけ沈黙し、やがて答えた。
「話すべきことを、話した」
その一言で、三人はすべてを察した。それ以上踏み込む者はいない。だが、ルソーが腕を組んで唸る。
「……で、なんであいつとラウルの話が繋がるんだ?」
エリオットはゆっくりと顔を上げた。
「ソフィーとラウルは、幼い頃の友人だった」
その言葉に、三人の動きが止まる。
「……は?」
「それは……」
「そんな……」
驚きがそのまま空気を震わせた。エリオットは静かに続ける。
「長く海にいた私は、それを知らなかった」
短い言葉だったが、そこに含まれる意味は重かった。
アルフォンスが息を呑む。
「……では、彼女は今……」
「知らなかった」
エリオットが遮るように言う。
「だから、私が話した」
室内に沈黙が落ちる。ルソーが低く吐き出した。
「……きついな」
エリオットは答えない。ただ視線を落とした。
やがてアルフォンスが、慎重に口を開く。
「……どうやって、その事実に気づかれたのですか?」
エリオットはわずかに目を細める。
「首飾りだ」
三人の視線が一斉に向く。
「ラウルに贈ったものを、ソフィーが身につけていた。あの日、エドガーとの戦闘で偶然目にした」
エリオットは少し間を置いて続けた。
「その時は確証はなかった。ただ違和感だけが残った」
「……で、確信に変わったのは?」
ルソーの問いに、エリオットは淡々と答えた。
「ついさっきだ」
三人は顔を見合わせる。
「……偶然にしては出来すぎてるな」
「ええ……」
「信じ難いです」
イザベルが小さく息をついた。
「首飾り……どんなものなの?」
エリオットは視線を落とし、思い出すように言った。
「東洋の職人に特注させた一点物だ。龍と蛇を絡めた意匠でな」
「龍と蛇……?」
アルフォンスが首を傾げる。
「ナーガ信仰だ。蛇や龍を神霊として祀る思想だな。守護と力の象徴とされている」
ルソーが低く唸る。
「ずいぶん凝ったもんを贈ったな」
「……護符のつもりだった」
エリオットの声はわずかに沈む。
「私がそばにいられない代わりに、あれがラウルを守るようにと」
その言葉に、誰もすぐには返せなかった。
イザベルが目を伏せる。
「……皮肉なものね」
エリオットは苦く笑った。
「ああ。皮肉だ」
沈黙が落ちる。やがてルソーがぽつりと呟いた。
「……ソフィーは、どうだった」
エリオットはしばらく答えなかった。やがて、静かに言う。
「私の想像より、ずっと重く受け止めていた」
その一言で三人は言葉を失った。エリオットは視線を机に戻し、ペンを取る。
「……業務に戻る。しばらくは君たちに任せることになる」
イザベルが静かに頷く。
「承知しました」
ルソーも短く言う。
「任せとけ」
アルフォンスも一礼した。
室内にはまだ重い空気が残っていたが、その中にわずかな意志が混じっていた。




