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第二章③ 茶をしばいてたら乱入者、現る

「……ねえ、ペネロペ。やっぱりこっちから匂いしない?」

「するする! ねえ絶対、お菓子だって!」

 扉が勢いよく開かれる。

 そこに顔を出したのは、目をきらきらさせたスザンヌとペネロペだった。

「ほらやっぱりずるいです、皆さんだけで楽しんでるなんて!」

「あたしたちも混ぜてー!」

 二人は遠慮もなく席に飛び込み、皿の上のお菓子を覗き込んだ。

 ペネロペが目を丸くする。

「なにこれ、見たことない形! どこのお菓子?」

 リー・ウェンが小さく笑い、指先で菓子を示す。

「東洋の点心ですよ。蜂蜜と胡麻を使った揚げ菓子です。熱いうちにどうぞ」

「わーっ! やっぱり東洋の人ってすごい!」

「いただきまーす!」

 二人がぱくりと頬張った瞬間、部屋には再び笑い声が弾んだ。

「……あっ! そういえば!」

 スザンヌが菓子を頬張ったまま、ぱっと顔を上げた。

「リーさん。この前も思ったけど、やっぱり貴族の間で顔が利くんですね。なんか、うちの父さまがそんなこと言ってた気がします」

 リー・ウェンは目を細めて微笑み、紅茶を口にした。

「まあ、昔から多少の伝手はありましたので。東洋の書物や薬を求める方は多いですから」

「そうそう! 思い出したわ!」

 スザンヌは今度は身を乗り出すようにしてジョルジュを指差した。

「数ヶ月前のことよ! ジョルジュが突然、うちに押しかけてきて、『リー・ウェンって人を知らないか』って。しかも、その時リゼーヌも一緒にいて……」

「えっ、わたし?」

 リゼーヌは一瞬目をぱちくりさせ、すぐに「ああ……」と小さく頷いた。

「そうでしたね。まだ正式に隊に入る前で……あの時は偶然、用事でスザンヌさん」のお屋敷に伺っていたのです」

「そうそう!」

 スザンヌは畳みかけるように言葉を続けた。

「でもね……父さま、ちょっと怒ってたの。『なぜ勝手に我が家を訪ねてくるんだ!』って。しかもジョルジュったら一歩も引かなくて……」

「……はは、それはすみませんでした」

 ジョルジュは頭をかきながらバツの悪そうな笑みを浮かべた。

「でもどうしても、リーさんを探す必要があったんです」

 場の空気が一瞬和やかになり、リゼーヌも口元に手を添えて微笑んだ。

「お父様のお怒りもごもっともですが……あの時、こうしてご縁が繋がったんですもの。運命のようなものかもしれませんね」

「そうね。父さま……最後は結局、お菓子を出してたから優しいのよ」

 スザンヌは胸を張って言い切った。

「あんなに怒ってたのに、気づいたら皆で焼き菓子食べてたんだから。あの人、なんだかんだでお客さまを追い返せないのよね」

 ジョルジュは「うわぁ……」と顔を赤くして頭をかき、リゼーヌは思わず吹き出した。

「それは……スザンヌさんのお父上らしいですね」

「だろうな」

 サミュエルはくつくつと笑い、カップを揺らしながら言った。

「貴族の家はどこも格式ばってるもんだと思ってたが、スザンヌの家は少し違うようだ」

 ロザリーはカップを置き、眉をひそめて問いかけた。

「今の話を聞くと、ジョルジュも以前からリーを知っていたのね?」

 ジョルジュは少し顔を赤らめ、肩をすくめる。

「ええ、噂が本当か確かめたくて……好奇心には勝てませんでした」

 ジョルジュの言葉を聞き、ソフィーは若干俯く。

 実際は隊長たちに懐疑的になった彼が、消息不明の自分を探すためにリーと接触していたのだ。

 リー・ウェンは普段フランス沿岸部にいるという。

 それでもジョルジュの依頼に応え、あのトルチュ島まで足を運んできたその覚悟とジョルジュ自身の熱意を思い返すと、ソフィーは自然と口元に微笑みを浮かべた。

「……二人とも、本当にすごいな」

 小さな食堂に柔らかな安心感が広がる。香り立つお茶と穏やかな会話に包まれ、緊張が解けた瞬間だった。それでも心のどこかで、次に何が起きるのかという期待と少しの緊張感も残っている。ここにいる者たちの覚悟が、静かな日常の中に力強く息づいていることをソフィーは確かに感じていた。

 サミュエルがぽつりと口を開いた。

「そういや、スザンヌはシャルルに実家への手紙を書かされたんだろう? 作戦のためとはいえ」

 スザンヌは少し肩をすくめ、俯きながら答える。

「ええ……シャルルさんの言ってる意味はよく分かりませんでした。でも必死でしたので、指示された内容を私なりの言葉で渋々書きました」

 ジョルジュは半ばあきれたように息をつき、どこか楽しげに笑みを浮かべる。

「スザンヌの実家を通して、国王陛下に海軍の深刻さを伝えて陸軍を動員させてもらう……あの人はほんと、何を考えてるんだか」

 ペネロペが手を頬にあて興味深そうに言った。

「でも、スザンヌのお家って超名門じゃん。だから、ブルボン家って今いる海軍員の中でも国王と一番親しい関係に位置してるってことだよね。国王陛下と近しい貴族に目をつけて要望を促して、ちゃんと作戦成功させる……シャルルさんってほんと策士だよねー。頭の中どうなってんだろ」

 ジョルジュは少し首をかしげ、驚きと感心が入り混じった表情で言った。

「シャルルさん、ほんとに計算高いんだな」

 ロザリーはくすくすと笑いながら続く。

「そのシャルルでも、あのニールという頭脳派の好青年には感服してたけどね」

 スザンヌは肩をすくめ、少し恥ずかしそうに答える。

「ええ、でも……私も必死でしたから、シャルルさんの指示に従って書いたんですけど……」

 ジョルジュは少し表情を和らげ、真剣さを帯びた声で言った。

「じゃあ、スザンヌのおかげで陸軍が動いたんだよな。本当に助かった。あの手紙がなかったら、作戦はもっと大変になってたかも」

 スザンヌは少し顔を赤らめ、照れくさそうに笑う。

「そ、そんな……でも、少しでも役に立てたなら良かったです」

 ペネロペも笑みを浮かべ、軽く手を打った。

「ほらね、やっぱりスザンヌって頼りになるんだよ」

 ロザリーは目を細めて頷く。

「ええ、こういうちょっとした働きが作戦全体を支えてるのね」

 食堂にまた柔らかな空気が流れ、隊員たちはお茶や会話を楽しみながらも互いへの信頼を改めて感じるのであった。


 食堂での談笑が一段落するとソフィーは軽く席を立ち、リー・ウェンに微笑みかけた。

「じゃあ、滞在中のお部屋を案内するね」

 リー・ウェンはにこりと頭を下げ、荷物を手に立ち上がる。

「恐れ入ります。ではお言葉に甘えて」

 ソフィーは長い廊下を進みながら簡単に説明を添える。

「この先が皆の居室で、奥の扉を開けたところがリーの部屋。必要なものは何でも揃っているから、遠慮なく使って」

 リー・ウェンは軽く頷き、柔らかな声で答える。

「ありがとうございます。細やかな配慮、感謝します」

 廊下を抜けると、温かな陽光が差し込む小さな窓のある部屋にたどり着いた。ソフィーは扉を開け、手で軽く示す。

 リー・ウェンは中に一歩入ると周囲を見回し、布団や机、書棚の整えられた様子を確かめた。

「なるほど、十分な設備ですね。ありがとうございます。落ち着いて仕事や休養ができそうです」

 ソフィーは微笑み、軽く頭を下げる。

「じゃ、荷物を置いたらゆっくりして」

 リー・ウェンは軽やかに頷いて荷物を床に下ろすと、窓際に立って外の景色を眺めた。

「眺めが良いですね。ブレストの風は心地よく、休息に最適です」

 ソフィーは静かに扉の前に立ち、少し照れくさそうに言った。

「それでは、必要があればいつでも声をかけてください」

 リー・ウェンは背を向けたまま、穏やかな笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。少しの間ですが、よろしくお願いします」

 ソフィーは微笑み返し、静かに部屋を後にした。

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