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第一章⑦ 一週間前の総司令部 続き

 短い沈黙の後、会議室に張り詰めた空気が漂う。

 その空気を破ったのはイザベルだった。

「……さて、もうひとつ触れておかねばならん問題がある。旧ブルボン派の動きについて」

 ルソーが眉をひそめる。

「ったく、あいつらの名前を聞くだけで胸糞悪いな。海賊より厄介だぜ。根を張る場所も分かりにくい」

 アルフォンスは表情を引き締め、慎重に言葉を選び、淡々と報告を重ねる。

「各地で旧ブルボン派残党の活動が確認されています。武力衝突はまだ表立ってはないものの、亡命貴族を中心に資金力を持ち、国外から傭兵を雇っているとの報もあります」

 イザベルが口を開く。

「しかも奴らは簒奪者という言葉を好んで使う。現国王をそのように呼び、民衆を揺さぶろうとしている。……今は小さな火種に過ぎないけど、放置すれば大火になるかもしれない。私としてはすぐに消火したいところね」

 ルソーは拳を握り、苛立ちを隠せずに声を荒げる。

「……正義だの復古だの、どっちにしろ民衆に血を流させるだけだ。海賊退治の次は内輪揉めか。オレたちゃいつまで戦い続けるんだ?」

 イザベルは淡々と答える。

「戦がある限り、我々に休息はない。けど見誤るな、ユルリッシュ。海賊は敵。旧ブルボン派は裏切り者だ。この違いは大きい」

 アルフォンスは静かに頷き、記録を取りつつ補足を加えた。

「……先日の件に関して、副司令官の指令で動いていた第二艦艇部隊からも報告が届いております。陸路を用いた情報収集や潜入活動を進め、ベルリオーズくんの実家、モンレザール家当主、十四代目コルヴァン殿の尽力もあって重要な手掛かりを掴みました」

 イザベルは顎を軽く引いて促す。

「ベルリオーズがパリで幾度も顔を合わせたという男の正体は?」

 アルフォンスは書類を見下ろし、淡々と答える。

「ピエール・ダラス、ダラス家の三男でございます」

 室内の空気が一瞬、重くなった。

 ルソーが苦虫を噛み潰したような表情で机を叩き、低く声を漏らした。

「ちっ……! 通りで身のこなしが優雅だと思ったんだ、あの野郎。パリで一度顔を合わせた時に気づくべきだった……ダラス家の三男坊とはな」

 アルフォンスは無表情で続ける。

「彼は狩猟仲間と称して私兵を持ち、フェルナンドとベルリオーズくんの毒殺、そしてフェルナンドの脱走を裏で手引きした可能性が高いと見られます。ブレストでの聞き込み調査でも、目撃情報が報告されております」

 イザベルは机の上で腕を組み、前のめりの姿勢を取った。

「……つまり、今回の一件は単なる海賊の暴走ではない。旧ブルボン派と通じる貴族——ダラス家が背後にいた、ということね」

 イザベルの洞察を受け、ルソーは拳を握りしめた。

「冗談じゃねえ! ダラス家といえば、国王を戴冠当初から支えてきた人柱の一族だろうが! そんな連中が裏でブルボン派とつるんでるとは、許せるか!」

 イザベルは冷徹な声で遮る。

「許す許さぬの話じゃない。問題は、この事実をどう扱うか。もし王宮に即座に報告すれば、国王の信頼する名門が裏切り者だったと知れ渡って、政界は混乱して海軍も揺らぐ」

 アルフォンスが深刻な面持ちで付け加えた。

「……民衆まで巻き込めば、正義の名の下に熱狂する群衆は誰を敵とすべきかを見失うでしょう。旧ブルボン派とダラス家が結びついている事実は重すぎます」

 ルソーは舌打ちをし、天井を仰ぐ。

「じゃあどうする。見て見ぬふりをしろってのか?」

 短い沈黙の後、イザベルが決然と結論を下した。

「世間に伝えるべきは、あくまで『海賊が結束して我らに牙を剥いた』という事実のみ。海賊に拠点を提供し、資金を流し込んでいたなど貴族の裏工作は一切触れてはならない。海軍も、王宮も、民衆も……政治の闇に惑わされるべきではない」

 アルフォンスは静かに頷き、議事録に記した。

「——旧ブルボン派およびダラス家の関与は秘匿。報告の際は一切触れず、海賊の組織的反抗として処理する」

 ルソーは悔しげに息を吐いた。

「……クソッたれな話だ。だが、民を混乱に巻き込むよりゃマシか」

 会議室に重苦しい沈黙が落ちる。

 三者は皆、知っていた。真実は闇に葬られる。それこそが、彼らに課せられた“正義”なのだと。

 ランデヴェネックの件と旧ブルボン派の影を踏まえ、室内にはしばし重苦しい沈黙が落ちた。

 イザベルは深く息をつき、椅子にもたれたまま静かに前方を見据える。

「……当面は、私が大元帥代理として行動する」

 彼女の言葉にルソーはまるで当然のことだと言わんばかりに立ち上がり、拳を軽く握った。

「そりゃ当然だ! 頼む、しっかり頼むぞ。エリオットが完全でない以上、海軍としては組織そのものがグラグラだ。正直、この会議の取り仕切り一つとっても、お前がいなかったら完全に崩壊してたぜ。そりゃお前しかエリオットの代理は任せられねえって話だ!」

 アルフォンスは書類を手に微かに眉を寄せ、慎重に声を落とす。

「はい……ですが、副司令官、くれぐれもご無理はなさらぬよう。私も全力で補佐いたします」

 イザベルは軽く笑みを漏らし、机の上に手を置く。

「……ありがとう。でも私は、止まったままではいけない」

 ルソーはにやりと笑い、イザベルに向けて軽く肩を叩いた。

「オレがついてる、心配すんな! こっちも負ける気はねえ」

 アルフォンスはその言葉に頷き、筆記具を握る手に力を込めた。

 イザベルはふと穏やかな調子で頷く。

「そういえば、陸軍は帰ったかしら?」

 アルフォンスが書類をめくる。

「一週間前に全部隊が無事にブレスト城から撤収しています。今回の戦闘において砲撃支援にも尽力いただきました」

 イザベルは軽く目を閉じ、息をつく。

「そう。エリオットが回復したら、改めて礼を伝えに行くとしましょう」

 ルソーは鼻を鳴らす。

「陸軍もちゃんと頼もしいな。そういや第六部隊はどうした?」

 アルフォンスは控えめに報告する。

「すでに撤収しております。あの戦闘後、新兵器の開発成功を胸に早々に帰還しました」

 イザベルは少し眉をひそめる。

「相変わらず帰るのが早いわね……突然戦場に現れては兵器を試し、また早々に帰る。いつものことだけど、今回の対海賊戦では二つの新型兵器の理屈について確認しておきたかったわ」

 アルフォンスが応じる。

「司令官の一人が詳細を聞いておりますので、後でまとめた報告として提出いたします」

 ルソーは拳を握り、熱気を帯びた目で語った。

「連結剣と震撃砲、どちらもよくできてたぞ。特に震撃砲は海賊船群をぐらつかせるのに最高だった」

 イザベルは冷静に頷きながらも目を細める。

「震撃砲……発射時の低い唸りと、弾体が水面に着弾した瞬間の衝撃波が前衛の小型船を激しく揺さぶった。航行や砲撃の精度を乱すには十分だったわ」

 アルフォンスも手元の書類にメモを取りつつ付け加えた。

「船体を破壊するほどではないものの、前衛の海賊船の動きを封じて戦闘を有利に展開できたとの報告です。連結剣も熟練者による運用で敵の前衛を切り崩す補助として有効だったようです」

 ルソーは少し目を細めて腕を組む。

「戦場じゃ、目の前で奴らの剣や槍が絡め取られて、船員がバランス崩す光景は壮観だった。ああいうのを見ると、やっぱり兵器の威力は数字だけじゃないな」

 イザベルは冷徹に微笑み、机に手を置く。

「ええ。戦術として成功と見ていいでしょう。連結剣も震撃砲も、次の海賊戦で活かす価値があるわ」

 アルフォンスは頷き、戦果を整理して記録に残した。

「副司令官。次回作戦でも活用できるよう部隊展開を含めて報告としてまとめます」

 彼は手元に記録をまとめながら付け加える。

「次回の作戦に向けて、震撃砲の射線をさらに前方に伸ばす案を検討中です。また連結剣を扱える隊員の教育を強化することで、前衛戦闘の安定性を高める方向です」

 ルソーは軽く頷き、少し目を細める。

「なるほどな。前衛を揺さぶる震撃砲と、熟練者による連結剣。次はもっと効率的に動かせるか」

 イザベルは冷徹な声で締める。

「ええ。兵器の性能を最大限に活かし、海賊との次の戦闘でも有利を取る。準備は怠らない」

 ルソーは窓の外を見上げ、低く息をついた。

「よし……これで海賊対策も一段落か。あとは、オレたちがこの城と艦隊を守るだけだな」

 イザベルは冷徹ながらも確固たる表情で答える。

「ええ。各部隊の役割は明確。統率は私が行い、必要な情報はアルフォンスが整理する。任務は重いけど、これで戦闘の損失を最小限に抑えて次に備えられる」

 アルフォンスは軽く頷き、筆記具を握り締めた。

「承知しました。三者での確認事項、全て記録いたします」

 ルソーは拳を握り直し、熱を帯びた目で二人を見渡した。

「よし、ならオレは思いっきり戦力を振るうだけだ。副司令官、頼むぞ」

 イザベルは静かに微笑み、机に手を置いたまま答えた。

「……ええ、任せて」

 室内に落ちる沈黙は兵器の威力を体感した三者の確信と、これから続く戦いへの覚悟を象徴していた。

 沈黙の中、三者はそれぞれの視線を前方に向けた。

 砲声や剣のぶつかる音はまだ遠い。しかし、次の戦いに備えた決意だけはすでにこの部屋に満ちていた。



 執務室の静寂から少し離れた奥、ブレスト城内の一室。

 大元帥の寝室には、ベッドに横たわるエリオットの荒い呼吸だけが響いていた。体は衰弱し、額には薄く汗が光る。

 目を閉じながらも、頭の中にはかつての親友——伝説の海賊、ゼフィランサスの姿が浮かんでいた。微かに笑むその影を見つめ、エリオットは苦しげに唇を動かす。

「とんだ置き土産だな、ゼフィール……」

 彼の声はかすれて床に落ちそうなほど小さくも、ゼフィランサスに向けられた言葉だった。

 さらに視界の奥では銀細工の龍と蛇、そして青い宝石をあしらった首飾りの記憶がちらつく。

 ソフィーが手にしていた、あの不思議な輝きを放つネックレス。

 指先に触れた感覚まで脳裏に蘇った。

「そうだ、あのネックレス……」

 喉がつまるようにエリオットはさらに息を吐き、弱々しく続けた。

 その首飾りを通して、一人の少年の面影が静かに浮かぶ。

 幼い瞳、柔らかな髪、どこか懐かしい香り——。

「ラウル……」

 その名と共に、微かに微笑む少年の姿が薄暗い病室に光を落とした。

 ベッドの傍らには静かに時計の針が刻を刻む。

 エリオットの心は過去と現在。そして未来への想いを交錯させながら、次なる決意への道筋を模索していた。

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