No.93 初めてのハイタッチ
「別れは済んだかにゃん?」
風の神であるガトーの言葉。妾は静かに頷く。
封印の最終段階の儀式が始まる。
ガトーが色々と空間に文字らしきものを浮かび上がらせていく。
最後にカルカンに挨拶をしようと居る方向を見やると、カルカンは儀式に背を向け、こちらを一顧だにしない。
「カルカン……」
カルカンの肩は震えていた。その姿に妾の声まで震えてしまう。
「泣くなカルカン、笑顔でお別れじゃと約束したであろぅ?」
「シュレディンガーの猫ではなく、カルカンの涙なのにゃ。誰にも見えてないから泣いて無いのにゃ!」
「そうか……そうかも知れぬな。お主には誠に感謝しておる。本当はもっと早くに封印できたのじゃろ?」
カルカンはこちらを見ないまま「何のことにゃ?」と惚けている。
明るいカルカンが居たから、日々が楽しくて妾も封印を先延ばしにしてしまった。
振り向いてくれないカルカンの方へ手を伸ばす。
もう少しとの思いから体を大きく動かすと、背後で儀式を進めていたガトーが咳払いをした。
「ヨウ、動くなにゃん」
「すまぬ」
「これを持てにゃん」
ガトーから火のついた黒い蝋燭を一本差し渡される。
「これはなんじゃ?」
「同化の蝋燭だにゃん。それが燃え尽きたとき、個体としての生命を終え、ヨーコとの同化が始まる。思い残すことは無いようにしておくが良いぞにゃん」
灯る炎を見つめていると、急速に色々な感覚が鈍化していくのが分かる。
不思議と怖くはない。
今、胸を占めるのは、カルカンやラザと過ごした楽しかった日々だけ。
「ラザや。妾の最後の我儘じゃ。こちらを見てたもれ」
『う~、ヨウ呼んだ~?』
ラザが身じろぎして妾の方を向いた。
ひょっとして地上では大地震が起こっているのだろうか。けれどこれで最後だからどうか許して欲しい。
「最高のショットが撮れそうなのに、手に持っているのがスマホではなく蝋燭とは皮肉なもんじゃな……」
言葉と小さな笑みを零す。
「ラザがおったから、殺伐とせず和やかな日々を過ごせた。誠に感謝しておる」
『ヨーコになっても、ヨウはヨウござる~。ボク、これからも一緒ござる~』
「さようか」
近寄って来てくれたラザとハイタッチを交わした。
風の神であるガトーが小さく鼻を鳴らす。




