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「所以など、定かでありませんが……」
知りたいとも思わない。
彼女が何を考えて父を幽閉させ、自らの手に権力を握ったのか、セルアは理由に興味すら抱いていなかった。
実の異母妹であっても、セルアにとってエテルティアは、イブリールに牙さえ剥かなければ、後の生涯、思い起こしもしない存在だったはずである。
どうでも良いのだ。
セルアが大切なのは、夫と、新たな祖国であって、特段の感情を抱いてもいなかった異母妹へ関心は、今以てない。
ただ、もはや彼女を放置するつもりなどなかった。
エテルティアは、紛れもない首魁なのだから。
愛する夫と祖国に仇なす存在を、セルアは断じて許さない。
「まさか……そなた……実の妹を……殺めようと……」
バルモア三世は、セルアの中の決意を過たずに読み取って、がたがた震え出す。
情をかけた愛人であるラモーディと、彼女の腹に宿った子を葬った可能性のある(これまた実に呑気な姿勢だが、確証を得られていない現状。希望的観測を含んだ捕らえ方である)相手であっても、彼にとってエテルティアは紛れもない娘だった。
いま一人の娘であるセレスティアが、生命を奪おうとするのを、どうして看過できるだろうか?
「全ての行いには、責任が生じるものです。エテルティアの犯した罪は、彼女一人の生命を以てしても償えるようなものでない以上、長らえられる由もありますまい」
セルアの言う通りだった。
何の目的があろうと、権力を駆使して他者を暗殺させるなど、断じて許されない。
ましてそれが、一国を差配する立場にあるなら尚更だ。
隣国の政を司る存在を標的にする行為がまかり通っては、全ての秩序が意味を失うだろう。
事実、悲惨な戦いが繰り広げられている。
「そなたの実の妹なのじゃぞ!」
ここに至ってバルモア三世の告げる言葉は、いっそ哀れだ。
それほどに身内を大切に思うのなら、もっと先に、しておくべき「何か」があったのではないだろうか?
彼の立場にあって、ものの道理に反してまで、ただただ肉親の情に訴えるのは、痛ましい限りだった。
「いつか、姉妹、力を合わせて、このティアモラを支えて欲しいと、わしは、祈り続けておったと言うに……」
バルモア三世は、今更の悔恨を零す。
神の導きの結果なのだろうか?
近しい時期に生まれた二人の王女に、かつての彼は、遠い伝説の姉妹「かんなぎ」の名を与えたのだ。
それは、母は違えども、同じ父を持つ姉妹王女として、祖国のために、いつかは手を取り合って欲しいと……そんな願いを込めたからなのだと……。
セルアは当然ながら、父の涙ながらの訴えを一蹴した。
「祈るだけなら、誰にでもできます」
正にその通りだろう。
「あなたは国王としてしなければならない務めを果たさず、夫として、断じて許されない過ちを犯した」
「っ……!」
この期に及んでの糾弾に、バルモア三世も息を呑む。
無論、彼とて自らの罪は理解していた。
だが、充分過ぎるほどに報いは受けたはずである。
熱愛の妃を失った苦しみを、誰が理解してくれると言うのだろう?
国のため、……そして、マヌエラを生き長らえさせるため、彼は卑怯者の汚名をかぶり、人としての幸せに背を向け、犠牲になったのだ。
そんな自己弁護をしようとしているのだろう、しきりに視線をさまよわせる父を、セルアは冷ややかに見下した。
彼の主張など、聞かなくてもわかる。
そして、それへの反論が、もっと遙かに容易だともだ。
どのような事情があっても、バルモア三世がマヌエラを離縁したのは事実。
そして、レスニアへ新たな愛を誓ったのである。
かくなる上は、それを貫く義務があった。
新妃の目を盗んで前妃と逢瀬を繰り返していなければ、多分、マヌエラが痛ましい死を遂げる悲劇も起こらなかっただろう。
心ならずの判断であっても、一旦決意した以上、適当な言い訳をさえずって、あるべき形を歪めては、全てに狂いが生じるのだ。
施政者の覚悟とは、そう言うもののはずである。
……だが、何もかも今更だ。
恐らく、バルモア三世は、セルアが世の理を訴えたところで、より以上の重みを有する魂の希求とやらに逃げ道を見出すに相違ない。
セルアからすれば、都合の良いだけの言い分に過ぎなかった。
その時、寝室の扉が開かれた。




