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国母セルア  作者: 小松しま
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 ヴァストォール城下では、当然ながら不穏な空気が漂っていた。

 籠城は、消耗戦である。

 どう考えても、守る側に疲弊が募る。

 そして、哀しいかな、弱い者から搾取されて行くのだ。

 痛ましくも、エテルティアにはそこまで思慮する余裕がなかった。

 そもそも、庶民の暮らしぶりへの関心がないのだから、無理はない。

 重責にある者を除いて、めぼしい貴族は逃亡済みだが、それでも力のある者は、かなう限りの蓄えを企てて、弱者への暴行を重ねる。

 虐げられる民に残された道は、神殿へ庇護を求めるのみだった。

 彼らはすでに、王室に見切りを着けている。

 ティアモラの現状を招いたのが、神の教えを踏みにじったバルモア三世の破戒と認識すれば、もはや敬意を抱く謂われもなかった。

 また、ヴァストォールの各地に、セルアの意志を汲んだ者たちが潜んでプロパガンダを繰り返せば、民衆の心が敵国へ傾いて行くのは当然だろう。

 明確な方向性を示す政治的宣伝は、逼迫した状況において、容易く精神を揺さぶり、そちらへと導くものだ。

 一方、横行するデマに煽られるため、ものの真偽が定かでない中、悪循環は募り、やがて暴力を駆使する人々は、神殿を標的にしはじめた。




「もはや一刻の猶予もありません」


 幕僚を集めた軍議の席で、セルアは強く訴えた。

 もちろん、幕舎の傍ら……セルアの席の背後に、聖櫃は運び込まれている。

 物言わぬ伴侶に力を与えられる心地で、セルアはヴァストォール城下のゆゆしき状況を説明した。

 イブリールに、民衆を敵にするつもりは当初よりかけらもない。

 事実、前哨戦扱いである、サザルを主たる標的とした経済制裁を発動した折も、市民救済の任を担うファウラを派遣する柔軟姿勢を見せ付けている。

 このあたりは、セルアがエテルティアと異なり、搾取される側に身を寄せて成長した強みだろう。

 実際、民より大きな力を有する味方もない。

 彼らを蔑ろにし、世論を敵に回すほどの愚行はなかった。

 懐柔に全力を尽くさずとも、かなう手立てを惜しむのは、施政者として救いようのない悪手に相違ないのである。

「このままでは、罪もない人々が犠牲となります。持久戦に持ち込むのは、当方にとって有利であっても、神殿にまで害が及んでいる状況を看過するのは、ローディアナ神の教えを奉じる身として、かなうものではありません」

 セルアの言う通りだった。

 もちろん、ポーズでもある。

 イブリールの方針は、あくまでも「正義」でなければならないのだ。

 必ず迎える勝利の暁に、後ろめたさを抱えるようでは、レスヴィックの名に傷が付く。

 後の治世にも災いするだろう。

 セルアとしては、断じて許せる行いでなかった。

「誠におおせの通りですな」

 ルスズ副元帥が即座に同意する。

「では、総攻撃を?」

 尋ねたのは、極めて異例の措置なのだが、もう一人の副元帥を務める青年である。

 セブリス伯爵家次男モルティス。

 まだ二十代半ば。セルアよりほんの少々年長であるだけの金髪碧眼の彼は、まだまだ若輩の部類にあるのだが、皇室とさえ連なる高貴な血筋を有し、名門として知られた実家の威光のみならず、大器を見込まれて、大抜擢された人材だ。

 セルアの退任後の布石でもある。

 ルスズ副元帥の強い推挙もあって、いずれ彼が次の元帥となると、定められているようなものだった。


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