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国母セルア  作者: 小松しま
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 目まぐるしくも充実の日々を過ごすようになって調度一月後。

 レヴァンス子爵が隠していた病に倒れた。

 レスヴィックとセルアの縁談が持ち上がったころに発病したそれは不治のもので、本人も覚悟していたらしい。

 知らせを受けた翌日、セルアはたっての請願を受けたため、一人、サナレーン侯爵邸に忍びで赴き、生家で過ごすレヴァンス子爵を見舞った。

 そこには調度、宰相にて、子爵の幼馴染みたる親友のスィーナー公爵も出向いており、思わぬ鉢合わせとなった。

 スィーナー公爵は、元々ラジアナ王国屈指の大貴族だった家柄だが、今やイブリールを支える名門である。

 イブリン出のサナレーン侯爵家との間柄が良好なのは、何よりだった。

「これは妃殿下」

 スィーナー公爵は、枕元の椅子の傍らに立って、恭しくセルアを迎えた。

 大切な語らいに同席し、彼は立会人を請け負うつもりでいるらしく、人払いされた部屋より退出する素振りを見せない。

 本来、皇妃たる者が供の一人も連れて来ないのは異例中の異例なので、よほど大切な話しがあるのだろうと、セルアはひそかに覚悟を噛み締めた。

「ようこそお越しくださいましたな。……厚かましくも、妃殿下に御足労願いました無礼を、まずはお詫び申し上げます」

 こちらは、かろうじて上体を起こした姿のまま、レヴァンス子爵も笑みを見せる。

 息こそ切らしていないが、苦しんでいるのは相違ない。

 普段から、何とも飄々と鷹揚な彼なので、作法破りも珍しくないが、敷き詰められたクッションに身を委ねているのはポーズでなく、いっそやせ我慢であるらしい。

 思い返せば、レヴァンス子爵は、初顔合わせの際から、極力体力の消耗を防ぐ素振りを見せていたものだ。

「そのようなことは……。どうぞ、お横になってくださいませ。御無理はなりません」

「いやいや……」

 そうは返したものの、やはりかなりつらい様子で、彼は親友に助けられて、ゆっくりと身体を横にした。

「お見苦しいなりにて、お許しくだされ」

 深い息を吐いて、彼は笑みを浮かべる。

 スィーナー公爵の薦めで椅子に腰掛けながら、セルアは首を振った。

「閣下には……陛下もわたくしも、まだまだ、沢山お世話にならなければならないのです。どうぞ、一刻も早い御本復を……」

「……ありがたいおおせなれど……従えぬ臣の至らなさに、お詫び申し上げねばなりませぬでしょうなあ……」

 何とも哀しいつぶやきである。

「閣下……」

 セルアが気弱な言葉に否を告げようとしたその時、スィーナー公爵が悔しげに首を振った。

 希望を語る無為を、彼らは承知しているのだ。

 実際、レヴァンス子爵の衰弱ぶりは凄まじい。

 まだわずかな時を共にしただけのセルアにも察せられるほどだ。

「これを今生のお別れと……思うてくだされ。……最後の願いを、お聞き届け頂きたく、不躾にもお呼び立て申し上げました」

「閣下……」

 セルアは唇を噛み締めた。

 愛しい伴侶が、父のように慕うレヴァンス子爵は、セルアにとっても、頼り甲斐のある大切な人物である。

 そんな存在の懇願を、どうして退けられるだろうか?

「どうか……陛下のことを、お願い申し上げまする」

 無理の利かない身体を必死に律して、彼は頭を下げた。

 セルアの瞳に涙が浮かぶ。

「不肖の身なれど、かなう限りの慈しみを以てお育て申し上げた御方にございます」

「ええ……ええ……」

 どれほどの愛情を捧げて、彼がレスヴィックを育てているか、セルアは我がことのように理解できた。

 途轍もなく近しい想いを抱いている身だ。

 そして、その役割を事実上引き継ぐ立場でもある。

 レヴァンス子爵は、主君に縁談が持ち上がった時点で、自らの余命を察していたからこそ、率先して話しを進めていたと言う。

 まだ見ぬ訳ありの王女を、それでも亡き斎王の指名だからと、躊躇せず推挙したのも彼だったのだ。

「……お約束……申し上げます、閣下……」

 セルアはしっかりと口にした。

 大切に育てて来た主君の大成する姿を見届けられないのは、どれほどの無念だろう。

 レスヴィックの優れた資質、類い希な器を知れば知るほど、その焦燥を大きく感じるのだから。

 セルアは万感を込めて、強い瞳を見せる。

「必ずや……陛下を、イブリール……いいえ、大陸史上に残る偉大な名君へお育て申し上げます」

 毅然と、そう告げた。


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