第4章:生贄の少年の祈り
第3章をご覧いただき、ありがとうございました!
第4章は、本作の前半戦クライマックスにして、最大の転換点となります。
挑むのは、宗教二世の少年・音無光の心を縛る、ナイトメア【全能の裁定者】。
純白の聖域を舞台に、風月と火楽はかつてない限界突破の共闘に挑みます。
しかし、激闘の果てに待っていたのは、あまりにも非情な現実世界での結末でした。
英雄を演じさせられていた二人が、ついに「牙」を剥く瞬間を、どうぞ見届けてください。
ダイブした瞬間、風月と火楽を襲ったのは、これまでの「ドロドロとした悪意」ではない。
それは、五感を麻痺させるほどの純白の輝きと、天界の調べを思わせる、不気味に美しいコーラスだった。
視界が開ける。
そこは、雲の上に浮かぶギリシャ神殿のような場所だった。
柱の一本一本には精緻な彫刻が施されているが、よく見るとそれは、祈りを捧げたまま石化した子供たちの姿だった。
「……何よ、ここ。これがあの子の夢?」
火楽が呟く。彼女の鮮血色の装甲が、白銀の光に照らされてピンク色にぼやけている。
夢の世界が「あまりにも強すぎる一色」に染まっている時、それはダイバーの精神が侵食されている兆候だ。
「ああ。……『神』という名の暴力に、少年の心が完全に塗りつぶされている証拠だ」
風月は、八咫烏の紋章を強く発光させた。
青白い雷が彼の周囲にシールドを展開し、強制的に色彩の平衝を取り戻す。
神殿の最奥。
巨大な玉座に、一人の少年が座っていた。音無光だ。
彼の背後には、天を衝くほどの巨躯を持つ「神」が立っている。
ナイトメア――【全能の裁定者】。
筋肉隆々の肉体は黄金の鎧に包まれ、その顔は神々しいまでの美貌を湛えている。だが、その瞳には瞳孔がなく、ただ冷徹な光だけが宿っていた。
神の左手は光の髪を慈しむように撫で、右手には、バチバチと音を立てる「光の雷霆」を握りしめている。
『……迷える子羊よ。主の前に、跪け』
声が、脳内に直接雷のように鳴り響く。
言葉の重圧だけで、風月たちの足元の雲が陥没した。
「跪くのは……お前の方だ、化け物!」
火楽が叫び、ブレードウィップ「血薔薇」を振り抜いた。
鞭は紅蓮の炎を纏い、神の黄金の鎧を狙う。
だが。
『不敬なり』
神が指先をわずかに動かした瞬間、光の速さで落ちた落雷が、火楽の炎を無効化し、彼女を後方へ吹き飛ばした。
「ぐっ……、ああっ!!」
「火楽!」
風月が空中で彼女を受け止める。
火楽の装甲の一部が、雷によって真っ黒に焦げていた。バクのスーツ越しにダメージを通すなど、これまでのナイトメアではあり得ない出力だ。
「……あいつ、本気で消しに来てるわよ。……神様なんだから、もうちょっと慈悲ってものがないわけ?」
「奴は慈悲を教える神じゃない。……『絶対服従』を強いる恐怖の具現だ」
風月は火楽を静かに降ろすと、背中の日本刀に手をかけた。
八咫烏の紋章が、かつてないほど激しく脈動し、風月の脳内に「警告」のノイズを流し続ける。
「火楽、陽動を頼めるか。……俺が懐に入る」
「……死んでも知らないわよ。でも、あんたの背中は私が守ってあげるわ!」
火楽は再び立ち上がり、装甲からすべての余剰熱量を排出した。
彼女の全身が、赤から白熱した白へと変わる。
「血薔薇・終式――【狂い咲き(ブラッディ・ガーデン)】!!」
空間全体に、数千本もの火炎の鞭が咲き乱れる。
それは神の視界を遮り、黄金の神殿を炎の海へと変えていく。
炎のカーテンの隙間を、風月が駆け抜ける。
彼は地面を走るのをやめ、空中に浮遊する瓦礫から瓦礫へと、超高速の跳躍を繰り返した。
神の瞳が、風月の動きを捉える。
神は右手の雷霆を掲げ、風月の進路に向けて無数の光の弾丸を掃射した。
「……遅い」
風月は空中で身を捻り、弾丸の隙間を紙一重で回避する。
その動きは、もはや人間のものではなく、一羽の黒い鳥が嵐の中を舞うかのようだった。
神の目前。
風月は刀を抜かないまま、鞘の先端を神の喉元に突き出した。
ドンッ、と爆圧が響く。
神の首がわずかにのけ反る。その瞬間。
「【イカズチ】、全機能開放」
風月は、刀を鞘からミリ単位で引き抜いた。
そこから漏れ出すのは、神の雷霆をも凌駕する、禍々しいまでの黒い電磁光。
「光……。お前が嫌いなのは、この神じゃない。……神の言葉を借りて、お前を縛り付ける『大人たち』だ。……違うか?」
玉座で震えていた少年の瞳が、一瞬だけ風月を見た。
『……殺して。……この神様も、ぼくも……全部……』
少年の絞り出すような声が、神の防壁を内側から揺らした。
「……分かった。全部、俺が断ち切ってやる」
風月は、抜刀の構えを完成させる。
それは、相手を斬るためだけではなく、この「狂った世界」そのものを終わらせるための儀式。
「――漠着、九頭龍――!!」
九つの雷の軌跡が、神の巨躯を同時に貫いた。
神の黄金の鎧がひび割れ、そこから光ではなく、少年が溜め込んできた「泥のような涙」が溢れ出した。
神の悲鳴は、オルガンの旋律が狂ったような不協和音となって聖域を震わせた。
黄金の鎧が剥落するたびに、その下から覗くのは神聖な肉体などではなく、無数の「教典」や「戒律」が書かれた紙片が、意思を持つ蛆虫のようにのたうつ不気味な塊だった。
「……これが、お前を縛っていたものの正体か」
風月の放った九つの雷撃は、神の肉体を内側から焼き焦がしていく。しかし、ナイトメアは消滅を拒むように、少年の細い首にその巨大な指をかけた。
『生贄……ヨ……共ニ……神ノ……元ヘ……』
「させないわっ!!」
背後から火楽が跳躍する。
彼女のスーツは過負荷により装甲の隙間から真っ赤な冷却液を噴き出していたが、その勢いは衰えない。
「血薔薇」の鞭が神の手首を幾重にも巻き付け、強引に引き剥がす。超高温の熱が神の指を炭化させ、少年――音無光の体は玉座から崩れ落ちた。
「風月! 今よ! 少年を引き離したわ!」
「……ああ」
風月は少年の体を一瞥し、再び【イカズチ】の柄を握り直す。
今度は鞘に収めるのではない。刀身から溢れ出す黒い雷が、風月の腕の装甲をバリバリと砕き、生身の皮膚に焦げ跡を作っていく。
「悪いが……俺は神を信じない。……俺が信じるのは、この重みだけだ」
風月は神の懐、その空洞となった胸の中央に、ハイパーブレードを突き立てた。
「『雷霆』――消失せよ(デリート)」
最大出力の放電。
白銀の神殿が、内側から発生した黒い太陽に飲み込まれるように崩壊していく。
神の絶叫が止まり、少年の涙が光の粒子となって消えていく中、風月の意識もまた、深い闇へと墜ちていった。
現実世界の病室。
風月が目を開けた時、視界に入ったのは天井の監視カメラの赤いランプだった。
右腕に走る激痛。見れば、ダイブスーツを脱がされた後の腕は、電磁火傷でひどい惨状になっていた。
「起きた? ……無茶しすぎなのよ、あんたは」
隣のベッドでは、火楽が顔に包帯を巻いた状態で座っていた。
彼女の瞳には、いつもの勝ち気な光が消え、深い疲弊の色が滲んでいる。
「……少年は。音無光は、どうなった」
風月の問いに、火楽は視線を落とした。
部屋の隅に立つ、ドリームキャッチャーの白衣の男が、感情の欠片もない声で告げる。
「音無光は、たった今『処理』されました。ナイトメアの核が彼の脳幹と深く癒着していたため、駆逐と同時に脳機能が完全停止。……先ほど、死亡が確認されました」
「……何だと?」
風月の声が、低く震える。
「我々は言ったはずです。患者の生命維持は度外視しろと。それよりも、回収された『神型』のサンプルは極めて良質だ。これで次のスーツの開発が――」
「ふざけるなッ!!」
火楽が叫び、サイドテーブルのトレイを投げつけた。
金属音が虚しく響く。
「あの子は助けてって言ったのよ! 私たちは、あの子を殺すためにあんな地獄に行ったわけじゃない!」
「里見ダイバー、落ち着きなさい。君たちは道具だ。道具が意志を持つ必要はない」
男は冷淡にそう言い残すと、警備員を引き連れて退出した。
静まり返った病室に、風月の荒い呼吸の音だけが響く。
救ったはずの命が、組織の「サンプル」として消費される。
ドリームキャッチャー。夢を捕まえる網の名を冠したその組織は、実際には人々の希望を捕らえ、食い潰すための巨大な胃袋に過ぎないのではないか。
風月は、自由の利かない右手の拳を握りしめた。
八咫烏の紋章が、皮膚の下で微かに脈動している。
「……火楽。俺たちは、選ばなきゃならない」
「……何をよ」
「飼い慣らされたヒーローとして死ぬか。……それとも、この組織そのものを『悪夢』として斬るかだ」
一方、本部の最深部。
巨大なカプセルの中で、回収された「神型ナイトメア」の残滓が、不気味な鼓動を繰り返していた。
それを見つめる本部長の口元が、歪に吊り上がる。
「順調だ。……武見と里見。あの二人の『絶望』が、スーツを通じて最高のスパイスになっている」
モニターには、街に降り注ぐ粒子のシミュレーションが映し出されていた。
一年前の隕石は、偶然ではなかった。
これは、人類の精神を「耕し」、より強大なナイトメアを「収穫」するための、壮大な実験。
「さあ、次は誰だ。……誰の夢が、次の『神』を生む?」
東京の夜が、さらに深く、暗く沈んでいく。
第4章、最後までお読みいただきありがとうございました……!
必死の思いで悪夢を断ち切ったものの、組織によって「処理」されてしまった少年。あまりにも理不尽な結末に、書いていて胸が締め付けられる思いでした。
しかし、この少年の涙と犠牲が、風月と火楽の心に「反逆の火」を灯すことになります。
飼い慣らされたヒーローとして死ぬか、組織そのものを悪夢として斬るか。
次回、**第5章『ドリームダイバーの光と影』**より、物語は【組織反逆編】へと突入します!
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