第九話「魔王軍の尖兵
第九話「魔王軍の尖兵」
王都への道は、思ったより賑やかだった。
セラは道中、よく喋った。ベルタにいるときの無口な印象とは打って変わって、街道沿いの草花の名前を教えてくれたり、各地のギルド事情を語ってくれたり、昔倒した魔物の武勇伝を滔々と話してくれたりした。
「セラさん、意外と話しますね」
「失礼なやつだな。俺はいつでも話す」
「ギルドでは黙って飲んでいることが多いですが」
「あそこは話す相手がいないんだよ」
さらりと言って、セラは道の先を見た。
「お前みたいなのは珍しい。話していて、退屈しない」
「それは褒めていますか」
「褒めてる。素直に受け取れ」
悪い気はしなかった。
道中の景色は穏やかだった。緑の丘が続き、遠くに川が光っている。こういう景色を見ると、前世の記憶と今の世界が自然に重なる。どちらも同じ「世界」の感触がある。
王都まで、あと半日。
そう思っていた矢先、前方の空が赤く染まった。
煙だった。
街道の先、小さな村から黒煙が上がっている。距離は一キロほど。
セラが足を止めた。
「……魔物か」
「匂いがします。焦げた匂いと、もう一つ」
「血の匂いだな」
セラが剣の柄に手をかけた。目が冒険者の目になっている。
「行くか」
「行きます」
走った。
村に入った瞬間、状況が把握できた。
家が三棟、燃えている。村人たちが逃げ惑っている。そして村の中央に、三体の魔物がいた。
人型だった。
身長は二メートルを超える。全身が黒い鱗で覆われ、背中に翼がある。手には魔力を纏った黒い槍。顔は人間に近いが、目が赤く輝いている。
魔王軍の兵士だ。
僕はこれまで魔王軍と直接対峙したことはなかった。でも、その存在感は魔物とは明らかに違う。知性がある。統率がある。そして、纏っている魔力が桁違いに濃い。
「あれは」とセラが低い声で言った。
「魔王軍の尖兵、ダークランサーだ。Aランク以上の討伐対象。三体同時は……まずい」
「セラさん単独では?」
「一体なら何とかなる。三体は厳しい」
「わかりました」
走り出した。
「おい、アレク!」
セラの声を背中で聞きながら、村の中央へ向かう。
ダークランサーの一体が気づいた。赤い目がこちらを向く。
人間の言葉で、低い声が響いた。
「……邪魔者か」
「この村に何の用ですか」
「貴様に答える義理はない」
槍が構えられ、黒い魔力が穂先に集まっていく。
他の二体も振り向いた。三体が僕を囲む形になる。
「一人か。愚かな」
「一人ですが、問題はないので」
三体が同時に槍を突き出した。穂先から黒い魔力の奔流が放たれる。闇属性の魔法だ。それも、これまで吸収してきたどの魔法よりも濃密な闇の魔力。
全部、直撃した。
全部、吸収した。
ただし、体が一瞬揺れた。量と密度が予想以上だった。膝が折れかけたのを、踏ん張って堪える。
「……なに?」
三体が動きを止めた。
「魔法が、消えた?」
「吸収しました」
右手を前に向け、吸収したばかりの闇魔力を集める。構造がまだ馴染んでいない。荒削りのまま放出する。
黒い光の柱が、先頭のダークランサーに直撃した。
巨体が数メートル吹き飛び、地面に叩きつけられ、起き上がれない。
残り二体が顔を見合わせた。
「こいつ……我々の魔法を使った」
「どういう仕組みだ」
「さあ」
正直に答えると、二体が同時に動いた。今度は魔法ではなく、槍による物理攻撃だ。
賢い。魔法が効かないとわかれば、物理に切り替える。知性がある証拠だ。
一体の槍が腹に刺さった。
痛い。
貫通はしていないが、鎧のない腹に黒い槍の柄が直撃した衝撃は相当だった。三メートルほど吹き飛んで、地面を転がった。
「アレク!」
セラが間に入ってきた。細身の剣が青白い光を帯び、ダークランサーの鱗を削る。
「俺が一体抑える。お前はもう一体やれ」
「わかりました。でも」
「でも?」
「腹が痛いです」
「気合いで何とかしろ!」
怒鳴られた。もっともだ。
立ち上がった。腹を押さえながら、残りの一体と向き合う。
ダークランサーが槍を構えた。物理と魔法を交互に使ってくる。その切り替えが速い。
魔法は吸収できる。でも物理は当たれば痛い。
つまり、物理攻撃を避けながら魔法を吸収して反撃する、という立ち回りをしなければならない。
わかってはいるが、難しい。
槍が真横に薙いでくる。飛び退いて避ける。その直後に魔法が飛んでくる。吸収する。また槍。今度は避けきれずに肩を掠める。痛い。
五回の攻防で、体に三回は当たっていた。
でも吸収量は増えている。
十分だ。
体内に蓄積した闇魔力を、全力で腕に集めた。これまで放出した中で、最大の量だ。
放出した瞬間、腕に激痛が走った。自分の体への負荷が限界に近い。
でも、ダークランサーは吹き飛んだ。先ほど吹き飛ばした一体と同じように、地面に叩きつけられて動かなくなった。
息を整えながら振り向くと、セラが最後の一体を剣で仕留めていた。
静寂が戻った。
村人たちが恐る恐る出てきた。
老人が一人、代表のように前に出た。
「あ、ありがとうございます……魔王軍が突然来て、逃げる間もなくて……」
「怪我人は?」
「二人、腕を怪我しています。それと、家が三棟……」
「治癒師を呼べますか」
「近くの街に……でも、お金が」
懐から銀貨を数枚出した。王都で登録が終わればもう少し入ってくる。今はこれが精一杯だ。
「これで治癒師を」
「そんな、でも……」
「もらってください」
老人が目を赤くした。それ以上は何も言えなかった。
セラが隣に来た。
「お前、いつも人助けするな」
「目の前に困っている人がいれば」
「損な性格だ」
「そうですか」
「……嫌いじゃない」
セラが倒れたダークランサーを見た。
「問題はこいつらだ。この辺りに魔王軍が出るのはおかしい。前線はもっと北のはずだ」
「偵察ですか」
「かもしれない。あるいは……特定の何かを探している」
セラが僕を見た。
「お前を探していた、という可能性はないか」
「……あるかもしれません」
ラーグが言っていた。「魔法が効かない者」の情報を集めている雇い主がいる。それが人間側だけとは限らない。
「第八話のラーグの動きと、今日のダークランサーの出現。時期が近すぎる」
「セラさん、鋭いですね」
「伊達に長く冒険者やってない」
セラが剣を鞘に収めた。
「王都に急ごう。情報を集める必要がある。それと」
セラが僕の腹を指した。
「治癒師に診せろ。顔が青い」
「……そうします」
村を出て、街道に戻った。
夕日が地平線に沈もうとしていた。橙色の光の中を、二人で歩く。
魔王軍がこの辺りに出た理由。ラーグの雇い主の正体。千年前の記録の続き。
全部が、まだ靄の中にある。
でも、王都に行けば何かが見える。
その確信が、一歩ごとに強くなっていった。
夜、街道沿いの宿に泊まった。
腹の痛みは思ったより深刻で、宿の治癒師に診てもらうと「肋骨にひびが入っている」と言われた。痛み止めの薬草を処方され、二時間ほど安静にしていた。
セラが部屋を訪ねてきた。
「どうだ」
「肋骨にひびが入っているそうです」
「だろうな。ダークランサーの一撃をまともに受けたんだから」
「魔法は防げても、物理は防げない」
「わかってるじゃないか。なら避けろ」
「努力します」
セラが椅子に座った。
「今日のことで、一つ確認したい」
「なんですか」
「ダークランサーの闇魔法を吸収したとき、体が揺れた。限界に近かったか?」
正直に答えた。
「量が多かったです。三体同時はきつかった」
「上限があるということか」
「一度に処理できる量に限界があるようです。ゆっくり吸収すれば問題ないですが、一気に大量の魔法が来ると追いつかない」
「弱点だな」
「はい」
セラが腕を組んだ。
「それと、腕への負荷も大きかった。放出するときに激痛があった」
「吸収はできるが、放出にはまだ体が慣れていない」
「そういうことだと思います」
セラが静かに言った。
「正直に話してくれるな」
「セラさんには隠す理由がないので」
「……そうか」
セラが立ち上がった。
「明日、王都に着く。着いたらまず治癒師ギルドへ行け。Sランク登録はその後だ」
「はい」
「俺の知り合いが王都に何人かいる。紹介できるやつは紹介する」
「ありがとうございます」
「礼はいい。早く寝ろ」
扉が閉まった。
天井を見上げながら、今日のことを整理した。
ダークランサー三体。闇魔法の吸収。物理攻撃の限界。
強くなっている。でも、まだ穴がある。
魔法を防げても、体そのものはまだ脆い。剣も、放出の制御も、まだ荒削りだ。
王都で、何ができるか。
目を閉じると、三体の赤い目が瞼の裏に浮かんだ。
あいつらは何かを探していた。その「何か」が僕だとすれば、これは始まりに過ぎない。
魔王軍が動いている。そして、その奥に何かがある。
肋骨の鈍い痛みを感じながら、僕はゆっくりと目を閉じた。
(第十話へつづく――「ライラの挑戦」)




