第八話「勇者パーティの影」
第八話「勇者パーティの影」
Sランクの仮証明を受け取った翌日、ベルタに一枚の紙が回ってきた。
王国発行の冒険者情報誌だ。月に一度、王都から各地のギルドに配布される。主な内容は魔物の出没情報や依頼の告知だが、巻末には「注目冒険者」の欄がある。
その月の表紙を飾っていたのは、見覚えのある顔だった。
レイン=バルクス。
金髪を整えて、立派な鎧を着て、自信満々に腕を組んでいる。検定の日に僕を「田畑でも耕して一生を終えろ」と言い放った、あの男だ。
見出しにはこう書かれていた。
「勇者パーティ、魔王軍前線基地を壊滅。英雄レイン、王都凱旋へ」
セラが隣から覗き込み、鼻を鳴らした。
「知ってるか、そいつ」
「昔、少し」
「王都じゃ今、英雄扱いだ。魔王軍の前線基地を一つ落としたとかで、国王から直々に褒章を受けたらしい」
記事を読んだ。
勇者パーティは四人構成。レインが剣士長で、他に魔法師、僧侶、斥候がいる。先月の作戦で魔王軍の前線拠点を強襲し、指揮官クラスの魔物を三体討伐。王国軍の損害は最小限に抑えたという。
確かに、立派な戦果だ。レインの実力を低く見るつもりはない。あの日の検定会場で感じた圧は本物だった。ただ剣を振る才能がある、それは認める。
ただ。
「……Fランク以下の人間を、公衆の面前で罵倒した人間が英雄か」
声に出したつもりはなかったが、セラに聞こえたらしい。
「何かあったのか、そいつと」
「昔の話です」
「ふうん」
セラがジョッキを傾けた。「昼間から飲んでいる」という印象は最初からずっと変わらない。
「お前、王都に行くんだろ。Sランクの正式登録で」
「はい。来週には」
「そいつと鉢合わせる可能性がある」
「あるでしょうね」
「どうする気だ」
情報誌をテーブルに置いた。
「何もしません。向こうが何かしてくるなら、そのときに考えます」
セラが少し考えてから言った。
「……お前、怒ってないのか」
「怒っています」
「怒ってるように見えない」
「顔に出ないだけです」
セラがじっと僕を見た。それから「そうか」とだけ言って、ジョッキを置いた。
その夜、宿の部屋で一人、改めて記事を読んだ。
英雄。凱旋。褒章。
全部、本来なら関係のない話だ。僕は追放された側で、あちらは栄光を掴んでいる。世界はそれで綺麗に回っている。
でも一つだけ、気になる記述があった。
記事の終盤、レインのコメントが引用されていた。
「我々勇者パーティは、真に力ある者だけで構成されている。弱者を抱える余裕は、魔王軍との戦いにはない。強さだけが正義だ」
強さだけが正義。
それは、あの日の言葉と同じだ。「役立たずはいらない」。あのときのレインが、英雄になっても同じことを言い続けている。
僕はゆっくりと情報誌を閉じた。
怒りは確かにある。でも今の怒りは、追放されたあの日とは少し種類が違う。
あの日の怒りは、理不尽への怒りだった。
今の怒りは、違う。
強さだけが正義だというなら――見せてやればいい。適性ゼロから始めた人間が、何に辿り着けるか。
それが今の、一番明確な目的になった気がした。
翌日の朝、ギルドに見慣れない男が来ていた。
二十代後半。黒いローブを纏い、フードを深く被っている。顔の半分が影になっていて、表情が読めない。
受付嬢と話していたが、声が低くて聞き取れない。
僕が依頼書を確認していると、男がこちらを向いた。
フードの奥から、鋭い目が僕を見た。一瞬だった。でも、視線の重さが普通ではなかった。ただ人を見る目ではなく、品定めをする目でもなく――観察する目だ。虫眼鏡で標本を見るような、冷静で執拗な視線。
男はすぐに視線を外し、受付嬢に何かを渡して出て行った。
「今の人は?」
受付嬢に聞くと、彼女は少し首を傾げた。
「情報の売買をしている方だそうで、各地のギルドを回っているみたいです。変わった依頼を持ち込んでいきましたよ」
「どんな依頼ですか」
「それが……『最近この地域で目撃された、魔法が通じない冒険者の情報を集めたい』という内容で」
僕は依頼書から目を上げなかった。
「へえ」
「変わった依頼でしょう。ドガンさんが内容を確認してから、受理するか判断するって言ってました」
「そうですか」
自然な声を保てたと思う。ただ、胸の中で小さな警戒心が灯った。
魔法が通じない冒険者の情報を集めたい。それは、つまり僕のことだ。ベルタで目撃した者は多い。二週間分の依頼、昨日のSランク試験。かなりの人数が見ている。
誰が、何のために。
レオンの言葉が蘇った。
「妬む者、恐れる者、利用しようとする者が出る」
動きが出るとすれば、王都に出てからだと思っていた。でも予想より早かった。
ドガンに話を通すと、男は今日の宿に泊まっていることがわかった。迷って、会いに行くことにした。放置するより、直接確かめた方が早い。
宿の一室をノックすると、しばらく間があってから扉が開いた。男がフードを下ろしていた。
素顔は、思ったより若かった。切れ長の目。整った顔立ちだが、どこか人を寄せ付けない雰囲気がある。
「貴方がアレクですね」
「あなたは」
「ラーグ。情報屋です」
男――ラーグが扉を大きく開けた。
「話を聞きに来たのでしょう。どうぞ」
部屋に入ると、机の上に地図が広げられていた。エルガリア大陸全土の地図だ。各地にいくつかの印がつけられている。
「依頼の話ですか」
「直接的ですね」とラーグが椅子に座った。「そうです。貴方のことを調べています」
「なぜ」
「雇い主の指示で」
「雇い主は」
「言えません」
そう来ると思った。
「では、僕に何をしたいのですか」
「貴方の力の正体を確かめたい。それだけです。害を加えるつもりはありません」
「信じる理由がない」
「その通りです」
ラーグが地図の一点を指した。
「この印は、過去百年間で『魔法が効かない者』が目撃された場所です」
見ると、十数か所に印がついていた。散らばっているが、一つの印だけが他と少し違う色をしている。
「その赤い印は?」
「千年前の記録です。一か所だけ残っている」
千年前。
ライラが言っていた言葉が蘇った。「千年前に一人だけいた」という古代の記録。
「その記録に何が書いてありますか」
ラーグが少しだけ目を細めた。
「……よく知っていますね」
「知りません。ただ、心当たりがあるだけです」
「記録には、こう書いてあります。『全ての魔法を飲み込む者が現れた。神はその者を消そうとした。だが消せなかった。最終的に、その者は世界から消えた』」
部屋が静かになった。
「消えた、というのは」
「死んだのか、どこかへ去ったのか、記録では不明です。ただ、神が消そうとして消せなかった存在が、千年後に同じ力を持って現れた。私の雇い主は、それを非常に興味深く思っています」
「誰のために情報を集めているのか、もう一度聞きます」
「言えません」と言ってから、ラーグは少し間を置いた。「ただ、貴方の敵ではない。それだけは言えます」
「根拠は」
「敵なら、こうして話しかけない」
それは確かにそうだった。
僕は立ち上がった。
「情報を売るつもりはないです。でも一つだけ教えます」
「なんですか」
「千年前の記録の続きを、どこかで見つけてください。『消えた』の先が、多分あるはずです」
ラーグの目が、わずかに動いた。
「……根拠は?」
「勘です」
扉を開けて出た。廊下を歩きながら、胸の中を整理した。
千年前に同じ力を持つ者がいた。神がその者を消そうとした。消せなかった。
そして今、神に「手に負えない」と言われた僕がいる。
偶然ではないはずだ。全部が繋がっている。その端緒が、ようやく見え始めてきた。
宿に戻ると、セラが入口に寄りかかっていた。
「遅かったな」
「少し話をしていました」
「あの情報屋とか」
「なぜわかるんですか」
「ドガンから聞いた。お前が会いに行ったと」
セラが僕の顔を見た。
「何かわかったか」
「少し。ただ、まだ全部はわからない」
「王都に行ったら、もっとわかるかもしれないな」
「そうかもしれません」
セラが夜空を見上げた。三つの月が、それぞれ違う明るさで光っている。
「来週、俺も王都に行く用がある」
「そうですか」
「道中、同じ方向だ」
「……一緒に行きますか」
「お前が頼むなら、考えてもいいぞ」
「お願いします、セラさん」
「……まあ、仕方ないな」
口元が笑っているのを、見なかったふりをした。
王都。Sランクの正式登録。レインとの再会の可能性。ラーグの雇い主。千年前の記録の続き。
行けば、何かが動く。それは確信に近い予感だった。
(第九話へつづく――「魔王軍の尖兵」)




