第七話「Sランク昇格試験」
第七話「Sランク昇格試験」
ベルタに腰を落ち着けて、二週間が経った。
その間、毎日依頼をこなした。魔物討伐、護衛、索敵。Bランクに相応しい依頼を片っ端から受け、出会う魔物の魔法を片っ端から吸収した。
体の中に蓄積されるものが、日ごとに増えていく。炎、雷、音波、水、風。それから毒霧を使う魔物からは毒属性の魔法構造を学んだ。土属性の魔法を使う大型の土竜からは、地面を隆起させる術式を理解した。
気がつくと、七属性の魔法が使えるようになっていた。
制御の精度はまだ粗い。魔法使いとして正式な訓練を受けた者には及ばない部分もある。しかし威力だけなら、Bランクの魔法使いと遜色ない水準に達していた。それはつまり、【絶域】が着実に育っている証拠だ。
転機が来たのは、十五日目の朝だった。
ギルドに出勤すると、受付嬢がそわそわした様子で声をかけてきた。
「アレクさん、ドガンさんがお呼びです。今すぐ奥へ来てほしいと」
「何かありましたか」
「それが……王都から、人が来ていて」
王都。嫌な予感がしたわけではない。ただ、何かが動くという感覚があった。
奥の部屋に入ると、ドガンの他に二人いた。一人は五十代の痩せた男で、高級そうな外套を着ている。もう一人は三十代の女性で、騎士の鎧を纏っていた。二人とも、背筋が伸びている。只者ではない雰囲気だ。
「来たか、アレク。座れ」
ドガンに促されて椅子に座った。
痩せた男が口を開いた。
「王都冒険者ギルド総本部、審査官のレオンと申します」
「アレクです」
「存じています。この二週間、貴方の活動記録は全て本部に上がっています」
知らなかった。ドガンが何か仕込んでいたらしい。
「率直に申し上げます。貴方のBランク昇格から二週間の実績、本部で精査しました。討伐数、依頼達成率、同行者の証言、全て鑑みて……Sランク昇格試験の受験資格を認めます」
部屋が静かになった。
Sランク。冒険者の頂点に最も近い位置にある称号だ。王国全土でも十数人しかいない。
「登録から二週間でSランク試験というのは、前例がありません。ただ、規定上、実力が認められれば受験資格に制限はない。貴方はその条件を満たしている、と本部は判断しました」
「……試験の内容は」
「審査官である私との、実戦形式の模擬戦です」
レオンが静かに言った。その目に、感情はない。ただ値踏みをしている目だ。
「受けます」
即答した。
レオンが少しだけ眉を動かした。
「迷わないのですね」
「迷う理由がないので」
試験は翌日の朝、ベルタの訓練場で行われることになった。
その夜、セラが部屋を訪ねてきた。
「聞いたぞ。Sランク試験だと」
「はい」
「レオンという審査官を知っているか」
「名前だけ」
セラが腕を組んだ。
「元Sランク冒険者だ。今は審査官をしているが、現役時代は『無詠唱の魔法師』と呼ばれていた。詠唱なしで高位魔法を複数同時に発動させる、規格外の使い手だ。Sランク試験の審査官に選ばれるだけある」
「詠唱なしの複数同時発動」
「普通の魔法師には無理だ。魔力の制御を並列でこなせる、特殊な頭の構造をしている。……お前、大丈夫か」
「やってみないとわかりません」
「そういうことを聞いてるんじゃない」
セラが珍しく、真剣な顔をしていた。
「怖くないのか、と聞いてる」
少し考えた。
「怖い、という感覚が正直よくわからないんです」
「なぜ」
「負ける絵が、あまり浮かばないので」
セラが額に手を当てた。
「……自信家なのか、それとも何も考えていないのか」
「考えています。ただ、レオンさんがどんな魔法を使っても、吸収できる。吸収できれば、負けない」
「物理攻撃は?」
「苦手です。でも審査官が本気で殺しに来るとは思えない」
セラがしばらく黙った。
「……まあ、お前の言う通りかもしれんが」
「心配してくれているんですか」
「してない」
「そうですか」
「してないと言ってる」
セラがぷいと顔を逸らした。その耳が、わずかに赤かった。
翌朝、訓練場に人が集まっていた。
街の冒険者たちだけでなく、一般市民も野次馬に来ている。Sランク試験が町中に広まったらしい。
ドガンが審判として中央に立ち、レオンが向かい側に立った。昨日と同じ外套に、腰には杖。魔法師らしい出で立ちだ。
僕は短剣一本で向かい合った。
「ルールを確認します」と王都から来た騎士の女性が言った。
「魔法、武器、全て使用可。降参か戦闘続行不可能と審判が判断した時点で終了。試験は実力の審査です。加減は不要です」
レオンが静かに言った。
「加減はしません」
「こちらもそのつもりです」
レオンの目が、初めて動いた。
「一つだけ聞かせてください。貴方の魔法適性は、公式にはゼロとなっている。なのに七属性の魔法が使えると報告にある。どういうことですか」
「試験が終わったら説明します」
「……そうですか」
レオンが杖を構えた。
「始め」
最初の一秒で、レオンが五属性の魔法を同時に放った。
炎、雷、風、水、土。五つの魔法が同時に収束して、まっすぐ飛んでくる。
全部、当たった。
全部、吸収した。
五属性分の魔力が、どっと体に流れ込む。一瞬だけ体がよろけた。量が多い。でも立っていた。
訓練場が静まり返った。
「……」
レオンが初めて、表情を動かした。眉が、ほんのわずかに上がった。
「魔法が、効かない」
「はい」
「なぜ」
「吸収しています」
レオンが一瞬考え込んだ。それから、杖を構え直した。
「では、これは」
今度は十属性。これまで見たことのない属性も混じっていた。光と、闇。高位の魔法だ。
全部直撃した。全部、体に消えた。
ただし、光と闇の魔法は吸収するのに時間がかかった。構造が複雑で、体が一瞬拒絶するような感触があった。膝が少し折れた。でも倒れなかった。
「……」
レオンが杖を下ろした。
「貴方は今、光魔法と闇魔法を吸収しましたか」
「はい。少し時間がかかりましたが」
「高位魔法は通常、魔力への負荷が極めて高い。それを吸収するとは……」
レオンが静かに言った。
「貴方のその能力、名前はありますか」
「【絶域】と呼んでいます」
「絶域」
レオンが繰り返した。それから、目を閉じた。
数秒の沈黙の後、目を開けた。
「攻撃してみてください」
「いいですか」
「試験ですから」
僕は右手を前に向けた。
体内に蓄積された魔力の中から、光属性を選んだ。吸収したばかりで構造が新しい。まだ完全には自分のものになっていないが、放出するだけなら可能だ。
光の奔流が、レオンに向かって走った。
レオンが咄嗟に防御魔法を張った。それでも衝撃で数歩後退した。
「……」
また沈黙があった。
レオンが、ゆっくりと杖を地面に置いた。
「降参します」
訓練場が、一瞬遅れて爆発した。
「嘘だろ……!」
「Sランクの審査官が降参した……!」
「あの子、何者だ……」
ドガンが中央に進み出た。
「決着。アレクの勝ち」
短い宣言が、訓練場に響いた。
試験後、レオンが近づいてきた。
「【絶域】について、説明してもらえますか」
「構いません」
説明した。魔法を吸収すること。構造を理解して再現できること。吸収した種類だけ使える魔法が増えること。
レオンは黙って聞いていた。
「……理論上、吸収できる魔法に上限は?」
「わかりません。まだ上限に当たったことがないので」
「神話級の魔法も吸収できますか」
「試したことはありません」
レオンが少し考えた。
「……この能力のことは、広めない方がいい」
「なぜですか」
「妬む者、恐れる者、利用しようとする者が出る。今の貴方にはまだ、その全てに対処できる立場がない」
「わかりました」
「賢明な判断ができる方で良かった」
レオンが懐から証章を取り出した。金色に輝く、見たことのない形の証章だった。
「Sランク認定証です。正式な発行は王都での登録が必要ですが、仮証明としてこれを渡します」
受け取った。ずっしりと重い。
登録から二週間と二日。Fランクから、Sランクへ。
普通ではないことはわかっている。でも、これがゴールではない。むしろここからが、本当の始まりだ。
セラが遠くから見ていた。腕を組んで、相変わらず涼しい顔をしている。でも口元が、わずかに緩んでいた。
(第八話へつづく――「勇者パーティの影」)




