第五話「エリアとの出会い」
第五話「エリアとの出会い」
翌朝、ギルドマスターに呼ばれた。
奥の部屋は、外から想像するより広い。
地図や書類が積まれた机の前に、男――ギルドマスターのドガンは腕を組んで座っていた。
向かいの椅子を顎で示され、腰を下ろす。
「昨日の報告書を見た」
「はい」
「炎翼狼を二十七頭。Fランク登録初日に、だ」
「セラさんが強かったので」
「セラが言った。『俺はほとんど何もしていない』と」
僕は黙った。
ドガンが机の上に冒険者証を置いた。
昨日発行したばかりのFランクの証だ。
「ランクを上げる。今日付けでCランクだ」
「……一気にですか」
「本来ならFからEへ段階を踏む。だが俺はこのギルドで二十年やっている。
Fランクが炎翼狼を二十七頭仕留める光景は昨日が初めてだ」
ドガンが証を僕の前に押し出す。
Fの文字が消え、Cに書き換えられていた。
「ただし条件がある」
「何ですか」
「しばらくこのベルタを拠点にしろ。お前の力を、もう少し見極めたい。それだけだ」
王都に行くつもりだったが、急ぐ理由もない。
【絶域】を鍛えるには、ここでも十分だ。
「わかりました」
「それともう一つ」
ドガンが立ち上がり、窓の外を見た。
「今日、辺境伯家の令嬢がこの街を通る。護衛の一部が昨夜の魔物騒ぎで負傷した。
手が足りていない。お前に追加護衛を頼みたい」
「護衛、ですか。僕が」
「Cランクになったんだ。できる仕事だ」
断る理由はなかった。
「わかりました、引き受けます」
馬車が街の東門に到着したのは昼を少し過ぎた頃。
立派な馬車で、扉には辺境伯家の紋章。
護衛の騎士四人が馬車を囲む。鎧には傷があり、昨夜の魔物騒ぎで消耗しているのが一目でわかる。
騎士の一人が近づいてきた。
三十代の、目つき鋭い男だ。
「ギルドから来た追加護衛か」
「はい。アレクといいます」
男が僕を見下ろす。
背丈の差は三十センチはある。
「子どもではないか」
「Cランクです」
「Cランクなど関係ない。令嬢の護衛に子どもを寄越すとは、ギルドも舐めた真似を」
「では断りますか」
男が眉を上げた。
「……なに?」
「手が足りないから依頼が来たはずです。断るなら断ればいい。
ただ、この先の街道は昨夜から魔物の活動が活発です。
今の人数で王都まで護衛できると思うなら、それで構いません」
男はしばらく黙り、舌打ちをして「ついてこい」と歩き出した。
断られなかった。
馬車の横を歩き、一時間ほどが過ぎた頃、窓が開いた。
顔が出てきた。
十七歳くらいだろうか。
亜麻色の長い髪を丁寧に編んで肩に流す。
目は薄紫色で肌が白い。整った顔立ちだが、先に立つのは好奇心の強そうな印象。
「ねえ、あなたが追加の護衛?」
「はい」
「若いのね。名前は?」
「アレクです」
「私はエリア。エリア=アシュレイン。よろしく、アレク」
さらりと名乗った。
辺境伯家の令嬢が、護衛相手にここまであっさり話しかけるものなのか。
「よろしくお願いします、エリア様」
「様はいらないわ。エリアでいい」
「……わかりました、エリア様」
「聞いてた?」
「聞いていました」
エリアが少し笑った。
「頑固なのね。……ねえ、一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「あなた、魔力の気配がほとんどしないけど、魔法は使えるの?」
鋭い。馬車の中から歩く護衛の魔力の気配を感じ取っている。それだけの感度だ。
「使えます」
「でも適性は低い?」
「……ゼロです」
エリアが目を丸くした。昨日のセラと同じ反応だ。
「適性ゼロで、魔法が使えるの?」
「事情があります」
「どんな事情?」
「長くなります」
「暇よ。王都まであと二日あるもの」
困った人だ。悪い意味ではなく。
「また今度」
「今度って、今度会う機会があるの?」
「わかりません」
「じゃあ今言いなさいよ」
エリアが窓枠に頬杖をついた。
本当に暇なのか、あるいは好奇心が強いだけか。
「……少しだけ」
折れた。
「魔法を、吸収できます。受けた魔法を体に取り込んで、自分のものにする。それだけです」
エリアが黙った。長い沈黙だった。
「……それ、すごくない?」
「そうかもしれません」
「すごくない? じゃなくて、すごいでしょ。魔法を吸収して使えるなら、理論上は全属性魔法を使えるってことよね」
「理論上は」
「今はどれが使えるの?」
「炎と、音波と、雷です」
「三日前まで魔法ゼロだったのに?」
「はい」
エリアは考え込み、じっと僕を見つめた。
「ねえ、アレク。あなた、これから何をするつもり?」
「冒険者を続けます。力を蓄えながら」
「目的は?」
「まだ、はっきりとは」
それは本当のことだ。
今は【絶域】の可能性を確かめることで精一杯で、その先の目的まで考えが及ばない。
エリアが静かに言った。
「正直なのね」
「嘘をつくのが苦手なので」
「それは長所よ」
馬車が少し揺れ、エリアは窓の外に目を向ける。
遠くに山並みが見える。
「私ね、辺境伯家の娘だけど、魔法適性はBランクしかないの。貴族としては平均以下。家の中でも肩身が狭いことがある」
唐突な告白だった。
「……それを、なぜ僕に」
「なんとなく。あなたが正直だから」
エリアが窓の外を向いたまま続ける。
「適性Bで肩身が狭いと思ってたけど、適性ゼロから魔法を使える人が隣を歩いてると思ったら、ちょっと恥ずかしくなった」
「状況が違います」
「そうかもしれないけど」
エリアが振り向いた。薄紫の目が真っ直ぐこちらを見ていた。
「あなた、面白い人ね」
「よく言われます」
「誰に?」
「昨日知り合った人に」
エリアがくすりと笑った。
その後、一時間ほど道は穏やかだった。
異変が起きたのは、街道が森に差し掛かった直後。
先頭の騎士が声を上げる。
「伏兵! 左右の茂みから――!」
茂みが割れ、武装した男たちが飛び出す。十五人以上。
統率の取れた動き。野盗ではない。
「令嬢を囲め!」
賊のリーダーらしい男が叫ぶ。
後列に魔法使い二人。手に魔力が集まっているのが見える。
護衛の騎士四人では数が足りない。
僕は馬車の扉の前に立った。
「エリア様、窓を閉めて伏せてください」
「……あなた、一人で行くつもり?」
「人数は足りてます」
「四人いるでしょ、騎士が」
「五人です」
一瞬の間があった。
「……気をつけなさいよ」
「はい」
賊の魔法使い二人が同時に魔法を放つ。火球と電撃。どちらも直撃。
どちらも、消えた。
賊たちは動きを止めた。
仲間の魔法が直撃して何も起きなかったためだ。
その瞬間で十分だった。
吸収した火球と電撃の魔力を両手に集める。
放出は一点集中。
左手から火球、右手から電撃を、それぞれ魔法使いに返した。
二人は吹き飛ぶ。
残りは剣を持つ者ばかり。魔法はない。
騎士たちで十分に対処できる。
僕は短剣を抜き、リーダーに歩み寄った。
「な、なんだお前……」
「通してください」
「魔法を……返しやがった……!」
「通してくれれば、それ以上はしません」
リーダーが後ずさり、仲間たちは顔を見合わせた。
三秒後、賊たちは散り散りに逃げた。
戦闘は十分もかからなかった。
騎士の目つきの鋭い男が、黙って僕を見る。
さっき「子どもではないか」と言った男だ。
「……礼を言う」
「仕事ですから」
男が言いかけて、やめた。
馬車の扉が開き、エリアが降りてきた。
護衛の騎士が「令嬢、危険です」と声を上げるが、エリアは聞かない。
僕の前まで来て、じっと顔を見る。
「怪我は?」
「ないです」
「魔法、返したの?」
「吸収して、そのまま」
エリアが少し黙った。
そして静かに言った。
「……王都まで、ちゃんとついてきなさい」
「それが仕事ですから」
「仕事が終わっても、もう少し話を聞かせなさい」
命令口調だった。でも嫌な感じはしない。
「……考えます」
「考えなくていい。来なさい」
エリアが馬車に戻る。扉が閉まる直前、ちらりとこちらを見る。
「アレク。あなたのこと、もう少し知りたいと思った。それだけよ」
扉が閉まった。
僕は空を見上げる。
雲が流れ、三つの月はまだ昼の空に薄く浮かんでいる。
目的はまだ、はっきりしていない。
でも今日、一つだけ決まったことがある。
この人の前で、嘘はつかないでおこう。
そう思った。




